取材・文/長嶺超輝
あまり知られていないが、裁判官には、契約や相続などのトラブルを裁く「民事裁判官」と、犯罪を専門に裁く「刑事裁判官」で分かれている。片方がもう片方へ転身することはほとんど起きず、刑事裁判官は弁護士に転身するか65歳の定年を迎えるまで、ひたすら世の中の犯罪を裁き続ける。
では、刑事裁判官は、何の専門家なのだろうか。日本の裁判所は「できるだけ裁判を滞らせず、効率よく判決を出せる」人材を出世ルートに乗せる。判決を片付けた数は評価されるが、判決を出したその相手が、再び犯罪に手を染めないよう働きかけたかどうかは、人事評価で一切考慮されない。
その一方、「人を裁く人」としての重責を胸に秘め、目の前の被告人にとって大切なことを改めて気づかせ、科された刑罰を納得させ、再犯を防ぐためのきっかけを作ることで、法廷から世の中の平和を守ろうとしている裁判官がいる。
刑事訴訟規則221条は「裁判長は、判決の宣告をした後、被告人に対し、その将来について適当な訓戒をすることができる」と定める。この訓戒こそが、新聞やテレビなどでしばしば報じられている、いわゆる「説諭」である。
快晴の朝、保育園児たちの散歩
「はーい、みんな、ちゃんと並んでね。危ないからね」
地方都市の幹線道路の歩道に、たくさんの黄色い帽子が揺れている。
「先生、今日はどこ行くのー?」
「今日は原っぱに行こうね」
列の先頭を歩く保育園児からの問いかけに、保育士が笑顔で答える。
雲ひとつなく晴れ渡った日の朝だった。
天気のいい日の午前中は、園児に散歩をさせることが、その保育園の習慣になっていた。
帰宅後や休日に、外で遊ぶ子どもたちが減っていることから、様々なものを見聞きしたり、子どもたち同士のコミュニケーション能力をのばす情操教育の観点で、保育園では散歩を重視していた。
その日は、近所にある湖のほとりにある緑地帯まで園児を連れて行き、自由に遊ばせる予定だった。
のどかな光景が、混乱と悲鳴の現場へ
園児たちの列は交差点にさしかかった。複数ある横断歩道のうち、歩行者用の信号機が設置されているほうを選んで移動した。そして、交通量の多い道路から離れた位置に園児たちを寄せて、信号が青に変わるまで待っていた。落ち着きがなく、走り回ろうとする園児をなだめる保育士もいる。
すると、まるで何かが爆発したような激しい衝突音が、交差点に響き、次の瞬間、軽自動車が傾きながら、横滑りするようにして歩道へ近づいてきた。そして、黄色い帽子の園児たちを、次々となぎ倒していったのである。
のどかだった快晴下の散歩の光景は、にわかに混乱と悲鳴の現場へと変貌した。
たまたま近くを通りかかった男性が、慌ててポケットから119番通報をした。
「車が歩道に突っ込んできて…… 子どもが、大けがしてます。たくさん倒れてます」
【「全員は救命できない」決断が下される現場。次ページに続きます】