文/印南敦史

どのような運動が心臓病の予防によいのかをわかりやすく|『心臓によい運動、悪い運動』

『心臓によい運動、悪い運動』(古川哲史 著、新潮新書)の著者は、循環器医と心臓研修者の二足の草鞋を履いているという人物。心臓病の診察時には、患者に対して運動をすることを薦めているという。

とはいえ運動さえしていれば健康が保障されるというものでもなく、「運動は諸刃の剣かもしれない」と記している。適度に行えば心臓病の予防にはなるだろうが、度を越すとかえって心臓病になりやすくなり、そればかりか心臓病を持っている人は悪化させてしまうかもしれないということだ。

そういう意味では、「適度」であることが重要なのかもしれない。

だが、そもそも「適度な運動」「心臓によい運動」とはなんなのだろう? 医者はしばしば「適度な運動を心がけてください」というようなことを口にする。しかし、「適度とはどのくらいですか?」と聞いても、明確な答えが返ってくるわけではない。

多くの場合、答えは「息が切れない程度」とか「疲れがたまらない程度」というような曖昧なもので、あまりはっきりしないわけだ。だとしたら、なにをどう判断していいのかわからなくなっても当然だ。

それはお医者さんもよくわかっていないことが多いからです。また、最新の研究で、過去の常識が次々に覆っているという事情もあります。(本書「はじめに」より引用)

そこで著者は本書において、「どのような運動が心臓病の予防によいのか」をわかりやすく解説しているのである。とくに注目すべきは、「日常生活をエクササイズとして捉えなおす」という視点だ。

そして、そのことを語るにあたり、「METs(メッツ)」という単語を引き合いに出している。

 METsはMetabolic EquivalenTsの略。「Metabolic」は日本語に訳すと「代謝」、「equivalents」は「同等」とか「等価」という意味です。METsは、今日歩いたのはXX歩、脈拍はYY拍/分などと同じように「単位」を表す言葉なのです。(本書86ページより引用)

たとえば、完全に安静にしているときの活動の強度を基準の「1MET」とする。そして、ある行動や運動が、この「完全に安静にしている活動」の強度の何倍にあたるのかを示す数値がMETs。

通勤時、歩行などの活動の強度は、安静にしているときの活動強度の4倍になるので4METsと表す。

METsを知ることによって、いろいろな行動や運動で消費されるカロリーを計算することができるという。ある行動の消費カロリーが、別の行動の消費カロリーのどの程度にあたるのか比較することができるわけだ。そして、この消費カロリーはMETsから次の式を使って求めることができる。

消費カロリー(kcal)=1.05×それぞれの行動のメッツ×時間(時)×体重(kg)(本書87ページより引用)

一例を挙げよう。座位でデスクワークをする際の消費エネルギーは1.3METsだが、立位でさまざまなことをすると2.5METsになるそうだ。立つだけで、消費するエネルギーが2倍になるのである。

たしかに最近は、頭の働きがよくなるということで、立ってデスクワークをすることが注目されている。座位立位可変デスク、座位立位両用デスクなども発売されているので、試してみるのもいいかもしれない。

なお著者はここで、70kgのビジネスマンが生活習慣に少し工夫を取り入れた1日を想像している。

お昼休みなどに30分ほどストレッチをし、1日のデスクワークのうち半分くらいは立って作業。駅やオフィスでの上への移動時にはエレベーター・エスカレーターではなく階段を使って、帰りは少し前の駅で降り、30分ほど少し速めのスピードで帰宅したというようなイメージだ。

階段の上りは8METsの活動。オフィスや駅の階段で1日合計30分くらいは階段の上りに使えるかもしれない。早足の歩行は5.0METs。すると消費エネルギーは、

ストレッチ=1.05×2.3×0.5×70=85kcal
立位で仕事=1.05×2.5×1×70=184kcal
階段の移動=1.05×8×0.5×70=294kcal
歩き=1.05×5×0.5×70=184kcal
(本書92ページより引用)

となり、合計で747kcal。たったこれだけでも10km/時の速度で1時間ランニングしたのと同じ程度の消費エネルギーになるという。

わざわざジムに行って1時間もランニングマシンの上を走らなくても、生活習慣を改善するだけで同程度のエネルギーを消費できるのだ。

そう考えると、日常生活の工夫も捨てたものではない。もし、本格的なエクササイズをする気にはなれないとしたら、まずはこういうところから始めてみるべきかもしれない。

『心臓によい運動、悪い運動』

古川哲史 著

新潮新書

836円(税込)

2020年2月発売

『心臓によい運動、悪い運動』
文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』などがある。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)。

 

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