取材・文/長嶺超輝

あまり知られていないが、裁判官には、契約や相続などのトラブルを裁く「民事裁判官」と、犯罪を専門に裁く「刑事裁判官」で分かれている。片方がもう片方へ転身することはほとんど起きず、刑事裁判官は弁護士に転身するか65歳の定年を迎えるまで、ひたすら世の中の犯罪を裁き続ける。

では、刑事裁判官は、何の専門家なのだろうか。日本の裁判所は「できるだけ裁判を滞らせず、効率よく判決を出せる」人材を出世ルートに乗せる。判決を片付けた数は評価されるが、判決を出したその相手が、再び犯罪に手を染めないよう働きかけたかどうかは、人事評価で一切考慮されない。

その一方、「人を裁く人」としての重責を胸に秘め、目の前の被告人にとって大切なことを改めて気づかせ、科された刑罰を納得させ、再犯を防ぐためのきっかけを作ることで、法廷から世の中の平和を守ろうとしている裁判官がいる。

刑事訴訟規則221条は「裁判長は、判決の宣告をした後、被告人に対し、その将来について適当な訓戒をすることができる」と定める。この訓戒こそが、新聞やテレビなどでしばしば報じられている、いわゆる「説諭」である。

【裁判長の説諭】外出するとき、息子を邪魔に感じて自宅のクローゼットに閉じ込めていた母。そのきっかけは、ある男との出会いと再婚だった。(前編)

子どものしつけは、時代によって変わっていく。昭和の時代なら、幼少期や青年期に、父親に怒られて頭を殴られたり、母親に叱られて家の外へ追い出された経験のある人は特に多いだろう。

今回の事件は、現代の日本で、母親が出かけるときに息子を連れて行くのを面倒に感じ、しかも部屋を散らかさないよう、部屋のクローゼットに3時間以上閉じ込めていた事例である。まずは、事件に至るまでのあらましについて説明させていただきたい。

* * *

■別れと出会い、新しくできた家族

他の家族と会うときは、笑顔を絶やさず、理想の母親として、できるだけ精一杯に振る舞おうとしていた。若くして離婚をし、ひとり息子を育てるシングルマザーとして、懸命に働いた。

部屋を散らかしたり、夜遅くまで寝なかったりして、息子が言うことを聞かないときは、大声で叱りつけて泣かせてしまった。それでひとり、毎日のように自己嫌悪に陥っていた。子育ての悩みは日に日に募っていくのに、理想の母を演じすぎて、誰にも相談できなくなっていた。

そんなとき、出会ったひとりの男。その自信満々な発言と行動力にどんどん惹かれていった。やがて、再婚を決めて、新居を借り、息子と3人で暮らすようになった。自分の息子と養子縁組を結んでくれた男に対して、「真剣に、この子の父親になろうとしてくれているんだ」と、嬉しく、頼もしく思えた。

■再婚まもなく感じた異変

ひとり親として子育てをし続ける苦労や悩みは、すぐに解消していった。旦那は外でそれなりに稼いで帰ってきてくれる。かつては、食費を削ってやりくりしなければならない月も多かったけれど、経済的に楽になり、久しぶりに貯蓄できるようになったのが心の支えになった。

そして、旦那が男親としての責任感からか、息子を厳しく叱ってくれたのも有り難かった。そのお陰で、旦那が仕事に出ているときにも、「お父さんに言いつけるよ!」と、ひとこと告げるだけで、息子はおとなしく言うことを聞いてくれるようになった。

ただ、旦那のしつけ方が厳しすぎるのではないか、とも感じていた。

【3歳の子どもにビンタをするなんて、やり過ぎじゃないかと母親は感じていた。次ページに続きます】

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