文/印南敦史

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定年後をどう生きるかについて考えたとき、あるいは早期リタイアして以降に進むべき道を模索する際、その選択肢のひとつとして考えられるのが「脱サラ=起業」だ。

勤めてきた会社が嫌だとか、自分で会社を興したいとか、すべてを自分で手がける職人になりたいとか、子どものころから憧れていた仕事をしたいなど、動機や理由は多種多様。

もちろん成功するとは限らず、それどころか失敗する可能性も否定できないわけだが、それでも挑戦してみたいという方は少なくないはずだ。

そこで参考にしたいのが、『さらば! サラリーマン 脱サラ40人の成功例』(溝口 敦 著、文春新書)。脱サラ後に新たな仕事を始めた人たちを12年にわたって取材し続けてきた著者が、月刊誌『ウェッジ』での連載「さらばサラリーマン」で紹介した約130本のなかから、40人を厳選したものである。

起業した人たちの話を聞いていて思うのは、好きな道を持つ人は強い、ということである。その道が好きなら、自然、その道に詳しくなる。道を歩く途中、苦しいこと、辛いことがあっても我慢できる。苦が苦でなくなる。だから仕事を続けられ、その仕事は世に定着する。つまり長期、安定的な生業になる。(本書「まえがき」より引用)

著者によれば、前の職場と関連する分野での起業は思いのほか少ないのだという。少し意外な気もするが、「好き」という気持ちは、前の職場で得た知識、技術、人脈にも勝るということなのかもしれない。

一方、会社を辞めたのち、「がんばらない生き方」を志向する人もいるだろう。あくせくせず、そこそこ食べていければいいという考え方で、それはそれでひとつの考えだ。

つまり絶対的な正解はないわけなのだから、さまざまな事例を確認しつつ、自分に見合った方向性を模索すればいいのだ。

だからこそ、「夢を実現する」「故郷で第二の人生を過ごす」「職人として生きる」「人の役に立つ」など、さまざまな脱サラ=起業のありかたを紹介した本書が参考になるのである。

第四章「趣味を活かす」のなかから、百貨店勤務時代のセンスを活かし、バーを軌道に乗せた男性のケースを抜き出してみよう。

大阪・北新地で「ミミズク」というバーを経営する佐藤俊明さんは、現在62歳の脱サラ組。起業して2年後から店は順調に回転しはじめ、現在8年目。27坪の店内には50席あり、夜8時から午前2時まで、一日に二回転弱の稼働率になっているという。

「東京生まれで、高校、大学とも自宅から通って、一人住まいをしたことがない。一度でいいから一人暮らしをしたいと思い、就職は関西の企業を狙い、結局、百貨店の大丸になりました。
二十二歳で勤めて、選択定年で五十五歳で辞めるまで三十三年間、大丸一筋。子会社の社長になったことはあるけど、大丸以外知りません。残っていれば役員ぐらいにはなれたでしょうが、役員になっても知れてるな、と思いました」(本書181〜182ページより引用)

41歳で部長職となり、阪神大震災後の神戸大丸を一から造りなおしたが、仕事のおもしろさは現場にあると考えていたため、偉くなればなるほど現場から離れてしまうことに戸惑いを感じた。

「役員定年が六十二〜六十三歳として、その後何をするか。人によっては山に登ったり、ゴルフをしたり、カメラをいじったりするでしょうけど、そういうのは趣味であって、仕事じゃない。五十歳になったとき、体が許すかぎり、自分が喜びをもって何かしたいなと思いました」(本書182ページより引用)

そこで、好きな酒を仕事にすべく、「バーでもやろうかな」と思いついたということだ。フットワークが軽いのである。

とはいえ、カクテルなどがつくれるわけでもない。そこでメニューにはビール、ウイスキー、ブランデー、ワイン、日本酒、焼酎、梅酒と、水割り程度の手間ですむものに限定。ツマミもチーズや枝つきレーズン、ナッツなど、ナイフで切って皿に盛ればいいものに限定した。

「店を始めて、一年目は見事に失敗しましたね。お客さんが『これはダメだよ、こうしなさいよ』というので、内装も変えたし、椅子の位置も変えた。最初はキャッシュオンデリバリー(代金引き換え渡し)でやっていたのを、ふつう通り伝票にメモし、一括後払いにもした。お客さんのアドバイスを入れて変えていき、二年たってから利益が出始めました」(本書1985〜186ページより引用)

開店から半年後には、過労がたたって脳内出血で倒れ、リハビリも合わせて47日間入院。しかし、32歳で急性肝炎を患ったときと同じく、紙一重のところで最悪を逃れている自分はつくづく運がいいと感じているそうだ。

だとすれば、まさに「運も実力のうち」。脱サラの成功もまた、運のよさによるものだといえるかもしれない。

その証拠に現在は店でランチも出し、バーテンやバイトの女性も入れ、カクテルも提供。週末には満席の日が続いているという。

佐藤さんのケース以外にも、さまざまな脱サラ=起業のあり方を実感できるはず。定年後に新しいことを始めたいと思っている方は、本書を手にとってみてはいかがだろうか。

『さらば! サラリーマン 脱サラ40人の成功例』

溝口 敦 著

文春新書

定価:本体850円+税

2019年06月発売

『さらば! サラリーマン 脱サラ40人の成功例』

 

文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』などがある。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)。

 

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