文/印南敦史
『口がきれいだと、健康で長生きできる』(古舘 健 著、KADOKAWA)の著者のバックグラウンドになっているのは、17歳のときの実体験だ。その年に同い年の親友をがんで亡くし、絶対的だと信じていた医療の限界を知ったというのである。
そして、その限界を打ち破り、患者さんが救われる可能性を少しでも広げるため、口から命を守る口腔外科医を目指した。それは、「口こそが病の『予防』に直結する」という思いによるものだった。
かくして、北海道大学歯学部を卒業後、平均寿命が全国ワースト1位である故郷の青森県に戻り、地域医療に従事。口腔外科医(歯科医師)として、年間2000人程度の口のなかを診てきた。
たとえ本人が自覚していなかったとしても、口のなかにはその人の生活が表れていると著者はいう。だからこそ、そんな現場体験は、「『口』から病気になる人は、実に多い」という確信につながっていった。
「口」は、外部に開かれた部位です。口が汚れていると、体内にその汚れや細菌の毒素を取り込んでしまう可能性があります。逆に言えば、口内環境を整えられれば、ガン・認知症・肺炎・脳梗塞・心筋梗塞などの病気を予防でき、美しく健康になれる可能性が高まるはず。口の健康「健口」を保つことこそ、寝たきりを防ぎ、健康で若々しい人生を謳歌する「健幸」のカギーー「健口は健幸に通ず」、これをお伝えしたくて本書を執筆しました。(本書「まえがき」より引用)
そして、こうした考え方に基づき、著者は本書においてさまざまな「健口」習慣を紹介している。具体的には、いつからでもどこでも始められるエクササイズや、口のケアの極意など。その多くは、体はもちろん心の健康をも保ち、不慮の事故死予防にもつながる秘訣だそうだ。
しかし現実問題として私たちは、よさそうなメソッドを見つけたとしても、実際にやってみる段になると面倒くささを感じてしまったりもするものでもある。だから、結局は期待どおりの結果に到達できなかったということも少なくないわけだ。
とはいえ、まずは2週間継続してみようと、著者は読者の背中を押している。そうすれば、効果をきっと実感できるはずだというのだ。
ところで本書の冒頭において、著者は「唾液」の重要性を強調している。唾液にはどこか汚いイメージがあるかもしれないが、実のところ「健康を守る『門番』」だというのである。
唾液が少ない状態だと、「むし歯だらけになる」「口臭がきつくなる」「窒息や肺炎の危険性が高まる」など複数のリスクが生じる。ちなみに唾液の減少を年齢のせいにする人もいるが、歳をとるだけが唾液減少の原因ではないという。
なお、唾液のおもな働きとして著者が挙げているのは、次の8つだ。
1.むし歯の原因となる酸を無効にする中和機能
2.歯を治す再石灰化機能
3.細菌やウイルスと戦う抗菌機能
4.食べ残しを洗い流す洗浄機能
5.発声や飲食を助ける潤滑化機能
6.デンプンの分解を助ける消化機能
7.味の物質を味センサーまで運ぶ運搬機能
8.水分不足を知らせるアラーム機能
(本書19〜22ページより抜粋)
昔から東洋医学においても、唾液は大切だと考えられていた。江戸時代の儒学者・本草学者である貝原益軒も、医書『養生訓』において、唾液は吐き出さず飲むほうがいいなどと、その大切さを説いているそうだ。
そして注目すべきは、唾液は増やすことができるという著者の主張だ。ここでは口腔外科医としての視点から、「健幸」を目指す人に向けて「健口」エクササイズを紹介しているのである。全部で4種類あるというそのなかから、「『あ・い・う・べ』体操」をピックアップしてみよう。
福岡市「みらいクリニック」の内科医である今井一彰医師が考案したという、口を大きく開けたり閉じたりする体操。口呼吸予防の体操だが、唾液を増やすのにも効果的だというのだ。
(1)身体の軸が安定した状態で背筋を伸ばして、顎を軽く引き、口を軽く閉じる。視線は少し遠くを見る。
(2)口を動かす
・「あ〜」と声を出し、口を大きく開く。
・「い〜」と声を出し、口を横に大きく引く。
・「う〜」と声を出し、口を突き出す。
・「べ〜」と声を出し、舌を大きく出す。
それぞれ、心の中で5秒ゆっくり数えてから、次の動きに移る。
(本書28ページより引用)
今井医師は4つの動きを1セット・1日30回繰り返すことを目安にしているそうだが、唾液増加のためには4つの動きを5回繰り返すことを1セットとし、最低でも朝食前と夕食前などに1日2セット行うようにしたいと著者。
ポイントは、ひとつひとつの動きを力強く意識し、声を出しながらゆっくりと行うこと。決して難しいことではないわけだが、やはり継続することが大事。空き時間に「ながら」ででもできるだけに、ぜひとも続けてみたいところだ。
『口がきれいだと、健康で長生きできる』
古舘 健 著
KADOKAWA
定価: 1,296円(税込み)
発行年2019年7月
文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』などがある。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)。