文/印南敦史

 定年を迎えた男性の“ごはん問題”を解決|『定年ごはん』
「定年後にはあれをしよう、これをしよう」と、いろいろ思いをはせるのは楽しい。しかし、それは定年前の人が、これから訪れる定年後のことを都合よく解釈しているからだとも言えるのではないだろうか?

もちろん時間ができるのだから、あれこれ忙しく過ごすのはよいことである。没頭できる趣味などがあれば、老化防止につながるかもしれない。60歳から何十年も生きていくために、やはりそれは重要だ。

とはいえ何十年も生きていくためには、もっと大切な、まず最初に考えておくべきことがある。いうまでもなく、「食べること」である。

しかも、ここでいう「食べること」とは、行ってみたかった名店を食べ歩くというような「特別」なものではない。それは、どちらかといえば趣味の領域であると考えるべきだろう。

そうではなく、その重要性を意識すべきは「日常」の食である。生きていく以上は、食べなければならない。だが一般的な尺度で考えると、一日3食すべてを外食で賄うというのは、経済的な意味でも現実的ではない。そうでなくとも、「特別」なものを毎食食べていたのでは必ず飽きがくる。

ハレの日のごちそうも捨てがたいが、それ以前に、家で食べる手づくりの「普通のごはん」が人間には必要なのだ。

しかし、だからこそ問題が起こるのである。『定年ごはん』(山田玲子 著、大和書房)の著者も、本書の冒頭でそのことを指摘している。ちなみに、1995年から東京・杉並区の自宅で料理教室「Salon de R」を主宰しているという人物である。

笑いの絶えない料理教室として評判を呼んでいるそうで、千葉県市川市では男性向けの料理教室を開催しているという。つまり、定年を迎えた男性の料理事情にも詳しいわけだ。

最近料理教室の生徒さんの中に、「夫が定年を迎えた」という方が増えてきました。そして多くの家庭で勃発するのが、“ごはん問題”です。
妻が外出しようとすると、「どこ行くの?」という言葉より先に、夫が口にするのが「ボク(オレ)のごはんは?」なんですって……。(本書「はじめに」より引用)

これは、十分に想像できる話ではないだろうか? そういえば、映画化もされた内館牧子の小説『終わった人』にも似たような場面が出てきた。いずれにしても、「一日3食、夫の食事の世話をしなくてはならない妻」と、「妻に任せきりにしたいわけではないにせよ、なにもできないから不安な状態にある夫」との間に齟齬が生まれたとしても、まったく不思議なことではないのである。

料理教室に通って料理を覚えようとする男性が少なくないことにも、そんな切実な事情が絡んでいそうだ。事実、市川市の「男性料理教室」に参加している男性も、「料理は初めて」という人ばかりなのだという。

そのため新たな講座が始まるたび、野菜の名前や切り方、調味料の計量法など基礎的なことから指導しているのだそうだ。そしてそんななか、初めて料理をする男性が間違いやすい箇所を間近で見てきた。

たとえば、ほうれんそうと小松菜の区別がつかなかったり、「沸騰」の状態がわからなかったり、“白髪ねぎ”という名前のねぎがあると思っている方がいたり、思わずクスッと笑ってしまうようなエピソードもいっぱい。(本書「はじめに」より引用)

「クスッと笑ってしまう」などと思えないのは、読んでいると自分のことを言われているような気分になってくるからかもしれない。それはともかく本書では、そんな、男性によくありがちな間違いやすいポイント、ひと手間でおいしくなるポイントなどを紹介しているのである。

ありがたいのは、「最低限必要な道具」を揃えるところから始まり、「鍋でほうれんそうをゆでてみましょう」「フライ返しを選んでみましょう」「包丁で材料を切ってみましょう」と、基本的なことをわかりやすく説明してくれていることだ。

また、「調理器具」「計量」「調味料」「買い物」「盛り付け」と、それぞれの“基本”をスタートの段階でしっかり押さえてくれてもいる。写真も豊富で解説もシンプルなので、まさに「手取り足取り」という感じなのである。

料理に関しては、「卵料理」「昼メシ」「つまみ」「定番料理」「野菜料理」「汁物」「ごちそう」などと区分けされている。また、「ちょっと具合が悪いとき」のためにおかゆや雑炊、生姜はちみつドリンクなどの調理法も。つまり、非常に実用的なのだ。

本書が目指すのは「たまに作る凝った男の料理」ではなく、「ふだんのごはん」を作れるようになること、です。レシピは全66種類ですから、すべて作れるようになれば、かなりのレパートリーになります。これまでお店で食べてきた生姜焼きや牛丼、バンバンジー(←なぜか男性に人気のメニュー)、だし巻き卵やぶりの照り焼きなど、ハードルが高そうなレシピでも家で簡単に作れます。(本書「はじめに」より引用)

最大のポイントは、「料理はとても楽しいもの」だと実感できること。家族にも喜ばれ、自分でつくったつまみで夕方からビールをのむ、それこそ定年後の楽しみだというわけだ。

定年を迎えてから“ごはん問題”に直面して戸惑うようなことを避けるため、そして料理の楽しさを実感するために、いまから本書を利用して「基礎力」をつけておきたいところだ。

『定年ごはん』

山田玲子 著

大和書房

定価 本体1,300円+税

発行年2018年6月
『定年ごはん』

文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』などがある。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)。

 

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