文/印南敦史

『定年前リフォーム』(溝口千恵子、三宅玲子著、文春新書)の初版が発行されたのは、平成17年1月のこと。13年もの時間が経過しているので、「内容に関して時間的なズレがあるのではないか」と思われても仕方がないかもしれない。

事実、プロローグで取り上げられているのは、当時話題になっていた「2010年問題」だ。言うまでもなく、団塊の世代が2010年ごろに労働市場から一斉に消えてしまうことにより、大幅な人材不足になるという話である。

そして本書では、それが「住まい」にも影響を及ぼすであろうと予測している。端的に言えば、あふれかえった団塊世代の居場所が不足するということだ。だが読み進めれば、これが必ずしもこの世代だけに限った話ではないということを実感できる。

この本を手にとったあなたは、恐らく五十代のサラリーマン。主な活動の場所を会社から我が家に移すことになるその時、家の中に自分の居場所があると、確かな自信を持って言い切れるだろうか。来たるべきその日のために、何をどう準備したらいいのか、戸惑いと不安を抱いているのではないだろうか。「プロローグ キーワードは「4つのF」」より引用)

そう、これは当時50代だった団塊世代に限らず、「いまの50代」にもそのままあてはまることなのだ。

バリアフリー住宅の設計・リフォームに多くの実績を持つ一級建築士である著者が明かすノウハウや対処法を、フリーライターである共著者がまとめたもの。実際に第二のスタートを切った夫婦の声を集め、生活がどう変わったかを紹介している。

定年後に、ゆっくりリフォームプランを考えようと思っている方は少なくないだろう。ただしリタイアすれば収入はガクンと減り、リフォームのために貯金を崩すことも難しくなっていく。

そこで著者が強調しているのは、家計内キャッシュフローが潤沢に動いているうちに、できることをやっておくべきだということ。それが、60歳からの新しい人生を気分良くスタートさせるための追い風になるという。

なお、「その先の人生を自分らしく生きるため、家を味方につけるチャンス」だという定年前での住宅リフォームを成功させるためのキーワードは、「4つのF」なのだそうだ。

1 家族(FAMILY)との関係を見直す
2 どういう生き方をしたいか将来(FUTURE)を考える
3 安心して老いていける土台(FOUNDATION)をつくる
4 親世代の失敗(FAILURE)を活かす
(本書7ページ「プロローグ キーワードは「4つのF」」より引用)

まずはこれらを頭に入れ、従来のような「家のことは妻任せ」と言う発想から脱却し、自らリフォームの舵取り役を引き受けてみるべきだというのである。そうすればきっと、安住の「居場所」を我が家に獲得できるはずだということだ。

「家」は関わり方次第で、「寝るだけの場所」にもなれば、自分のやりたいことを実現する最高の「居場所」にもなる。つまり「家」で「誰」と「どう」暮らすかを考えることは、自分の新しい人生を計画することでもあるのだ。

だとすれば、真っ先に気になるのは1の「家族(FAMILY)、とりわけ配偶者との関係ではないだろうか。この点について第1章「『家族』との関係を見直す」では、とある調査結果が明らかにされている。2003年の調査なのでデータは少し古いが、十分に参考になるのではないかと思う。

団塊世代の男女を対象に行われたアンケート(「生活レシピ二〇〇四『団塊』の行方」東京ガス(株)都市生活研究所 二〇〇三年)では、定年後の理想の生活像に対する男女間の意識の違いが浮き彫りになった。

男性が定年後に大切にしたいこととして、女性より際立っていたのは次の六点である。

1 配偶者と暮らす
2 健康のためにスポーツをする
3 収入を伴う仕事をする
4 自分の子どもの援助をする
5 子孫と暮らす
6 地域活動を行いたい

特に第一項の「配偶者と暮らす」は九四・九パーセントの人の意見である。

それに対し、女性が大切にしたいこととして目立ったのは、次の三点だ。

1 家事の省力化
2 ものを少なくすっきり暮らす
3 話題のスポットに頻繁に出かける
(本書17ページより引用)

注目したいのは、95パーセント近くの男性が望んだ「配偶者と暮らす」が、女性では85.3パーセントしかないこと。よく話題に上がることでもあるが、いずれにしても定年後に「誰」と暮らすかという点についての夫婦間の意識のずれは覚悟しておいたほうがいいのかもしれない。

「これからも妻と一緒に生きていく」ということを、当然と決めつけるべきではないのだ。こちらが「妻と暮らしたい」と考えている一方、妻がひとり暮らしの願望を抱いていることも十分にありうるわけである。

ただし、そうはいっても大前提は、同じ屋根の下での生活を継続していくことだ。だからこそ問題になるのが、「これまで夫婦の関係をどう築いてきたか」。

長年にわたって生活をともにしてきた夫婦は、お互いに思っていることを言葉にしなくなっているものだ。「口には出さなくてもわかり合っている」という思いがあるからだが、実は思い違いだったということも少なくはない。そればかりか、なにか積年の思いを抱えていることも考えられる。

だからこそ著者が強調しているのは、夫婦関係の「棚おろし」だ。

「サラリーマンとその妻」という関係から、「肩書きのない者同士」というシンプルな関係に切り替わる60歳を前に、互いのこれまでの数十年を振り返り、言葉にし合おうということである。

それは、この先の新しく長い人生を考えるための貴重な共同作業。すなわち夫婦の関係を一度「棚おろし」してみることが大切だという考え方だ。

妻として、母として、ひとりの女として、やり尽くしたと感じていること、心残りや不満、今後始めたいこと、住みたいところ、夫との望む関係、子どもとの距離、親の介護のこと等々……。妻の思いをまずヒアリングすることは、今後のあなたの居場所づくりにとって重要な第一段階である。なぜなら、妻の思い、そして妻がイメージしているこれからの暮らし方に、自分自身の定年後の人生設計をすり合わせれば、我が家は妻だけの城ではなく、あなたにとっても快適な居場所となるからである。
(本書21ページより引用)

大切なのは、妻に本音で発言してもらうこと。自分とは考え方の異なる妻の言葉にカチンときたりムッとする場面があったとしても、決して感情的になってはいけない。こちらが逆切れしてしまえば、妻は本音を飲み込んでしまうかもしれないからだ。そうなると結果的には、自分にとって心地よい居場所をつくるチャンスを逃してしまうことにもなるということだ。

* * *

定年前リフォームを「4つのF」に基づいて考えてみようという発想は、この問題を心のどこかで気にしている人にとって、とても理にかなったものだ。なぜならそれは、失敗を未然に防いでくれるはずだから。

そういう意味でも、これら4点を夫婦の具体的な事例を挟み込みつつ解説した本書は、「リタイア後は自分らしく生きたい」と願う人の背中を後押ししてくれることだろう。

『定年前リフォーム』(溝口千恵子、三宅玲子著、文春新書)

文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』などがある。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)。

 

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