新着記事

【第85回人形町らくだ亭】8月27日開催「納涼公演」春風亭一朝が『野ざらし』を口演します

「姓→名」へ変更は必要?「名→姓」ローマ字表記は、実はとても日本的【世界が変わる異文化理解レッスン 基礎編15】

「姓→名」へ変更は必要?「名→姓」ローマ字表記は、実はとても日本的【世界が変わる異文化理解レッスン 基礎編15】

7位:ANA機体工場見学【東京都】

行ってみたい「工場見学」ランキングTOP10|人気スポットは、「お菓子」「ビール」「飛行機」

【ビジネスの極意】「報酬」それとも「やりがい」? あなたの働くモチベーションは何ですか?

【ビジネスの極意】「報酬」それとも「やりがい」? あなたの働くモチベーションは何ですか?

西京漬けは焼いて食す。魚の旨みと味噌床の旨みが溶け合う。手前は食用菊の酢漬け。西京焼きには、酸味のあるあしらいが合う。

「鯛の西京漬け」と「鯛の松前漬け」の作り方【プロ直伝の技とコツ】

40代から70代男女6,511名の運動意識に対する実態調査結果|梅雨明けにおすすめのスポーツは“ウオーキング

「ロコモティブシンドローム」対策していますか?|100歳まで楽しく歩くためにすべきこと

世界のミニマリストな宿泊施設7選|「ミニマリストの美学」がわかる宿

世界のミニマリストな宿泊施設7選|「ミニマリズム」なライフスタイルを体験できる宿

エラ・フィッツジェラルド『シングス・ザ・アイラ・アンド・ジョージ・ガーシュウィン・ソング・ブック』

ジョージ・ガーシュウィンが残した「メロディ」よりも大切なもの【ジャズを聴く技術 〜ジャズ「プロ・リスナー」への道12】

人生100年時代、ボーッと生きてたら老後はピンチ!?|50代会社員夫婦の定年対策

今から準備しないと年金生活はピンチ!?|50代会社員夫婦1000人が考える定年退職後

毛もないが、前臼歯もない不思議な犬種

身体にあてると痛みが止まった! 犬の特殊な能力を信じた人々

LINE公式アカウントでも記事を配信中

友だち追加

お気軽に友達追加してください

サライ本誌最新号

サライ7月号付録「筋トレチューブ」トレーニング動画公開中!

通販別冊『大人の逸品』最新号はこちら

ピックアップ記事

  1. ファストバックはリアのデザインが特徴的。セダンは伸びやかなデザインでありながら「塊感」があり、走る姿も美しいと想像させるものに仕上がっている。
  2. オリックス・リビング社長、森川悦明氏。「グッドタイム リビング センター南」にて撮影。

>>過去の記事へ

サライの通販

>>過去の記事へ

暮らし

【娘のきもち】祖母が倒れた時に仕事人間の父が離職。祖母の介護を「したいこと」と言った父のようになりたいと思った~その2~

取材・文/ふじのあやこ

【娘の気持ち】祖母が倒れた時に仕事人間の父が離職。祖母の介護を「したいこと」と言った父のようになりたいと思った~その2~

家族との関係を娘目線で振り返る本連載。幼少期、思春期を経て、親に感じていた気持ちを探ります。~その1~はコチラ

今回お話を伺ったのは、都内の企業で働く障害者のサポートスタッフをしている梢さん(仮名・36歳)。北海道出身で両親と2歳下と5歳下に妹のいる5人家族。両親ともに小学校の先生をしており、特別支援学級を受け持っていたことや、実家で祖母と曽祖母と同居していたことが影響して、高校卒業後は福祉や介護の道に進むことを決意します。

「進路を決めて大学を探していたところ、地元で家から通えるところは専門学校しかなくて……。どうせなら大学卒業時に資格を取れるところがいいと思い探していたら、その学校が東京だったんです。先生に相談したら、私は学校の成績が上のほうだったこともあり、推薦が取れると言われたのでそのままトントン拍子で。3年の秋ごろには受験が終わっていましたね」

最初は心細かった東京での生活。2人の妹と東京で一緒に暮らし始めたことで、北海道での生活が遠いものになっていき

東京行きを両親は一切反対せず。上京する時に父親は東京の新居まで送ってくれ、さらには荷ほどきも手伝ってくれたそうです。

「私は東京になんて一人も知り合いはいなかったから、いざ上京する日が近づいた時に少し不安になっていたんです。これから一人で大丈夫だろうかと。その気持ちを察してか、父は仕事が忙しいのに東京までついて来てくれて、荷物まで一緒に片づけてくれました。家族が多いので、父と2人きりになることが今まで数えるほどしかなかったし、本当に久しぶりだったから、少し恥ずかしかった記憶が残っていますね」

大学では友人にも恵まれ、楽しく過ごしていたと言います。そして、その2年後には真ん中の妹が、さらに5年後には一番下の妹まで上京してきます。

「真ん中の妹は大学で出てきて、そこから2人暮らしが始まりました。私は無事大学で資格を取り、そのまま東京の福祉施設で働き始めていました。そのタイミングで、一番下の妹が短大進学のために上京してきました。一番下は短大の時には寮に入っていたんですが、短大を卒業後は私たちと一緒に暮らすことになって、数年ですが3人暮らしをしていました。すっかり東京での3人暮らしに慣れた時、祖母が脳卒中で倒れてしまって……」

【次ページに続きます】

ページ:

1

2

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

関連記事

  1. 【娘のきもち】離婚した両親のどちらかに味方する必要なんてなかった。そのことに気づくまで10年父親と会わなかった~その2~ 【娘のきもち】離婚した両親のどちらかに味方する必要なんてなかった…
  2. 【娘のきもち】門限は夏18時に、冬は17時。友人と遊ぶ時間も制限され、窮屈さを感じていた父の愛情~その1~ 【娘のきもち】門限は夏18時で、冬は17時。友人と遊ぶ時間も制限…
  3. 【娘のきもち】一緒に暮らすことを強制する権利は誰にもない。家族バラバラで生活する距離感が私たち家族には合っていた~その2~ 【娘のきもち】一緒に暮らすことを強制する権利は誰にもない。家族バ…
  4. 【娘のきもち】仕事人間の父は家に居ないことが普通。転職により早めに帰宅するようになった時、接し方がわからなくなっていた~その1~ 【娘のきもち】仕事人間の父は家に居ないことが普通。転職により早め…
  5. 【娘のきもち】「病気になったのは、事故だと思え」病気を患い、両親に申し訳なく思う気持ちを父親は救ってくれた~その2~ 【娘のきもち】「病気になったのは、事故だと思え」病気を患い、両親…
PAGE TOP