文/晏生莉衣
グローバル化時代、日本人が外国人と交流する機会は増えています。この教養シリーズでは、異文化理解について楽しみながら学ぶためのトピックスを紹介していきます。国際人としての常識を身につけて、あなたの世界を広げましょう。
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「他人と話すときに目を合わせないことが多い」―― そんな質問項目があったら、「はい」と答える日本人はけっこういるのではないでしょうか。以前の日本では、目上の人とは視線を合わせないのがマナーだとされることもありましたから、人とは視線を合わさないのが習慣になっていて、相手の目をしっかり見て話すのが苦手な人もいるでしょう。
しかし、日本社会のグローバル化が進むとともに、相手の目を見て話すのが基本の外国のマナーが日本でもスタンダードになってきて、現在では、逆に、相手の目はきちんと見て話すことがマナーだと教えられるようになってきています。
もちろん、TPOにもよります。例えばスーパーマーケットやコンビニで、レジの店員さんと視線を合わせないままで会計をすませることはよくあるでしょう。そういうことは外国でも往々にしてあります。アメリカでは、日本のような接客教育がされていないことがあるために、店員のほうの態度がだらけていて、お客さんを見ることなしに応対することが珍しくありません。そんな場合はアイコンタクトの取りようがないのです。一方、知らない人をあまりに無遠慮にジロジロと見ていると、無礼に思われたり、因縁をつけていると思われてトラブルになったりする可能性があるのは外国でも同じです。
いずれにしても、一般的に日本人は外国人と比べてアイコンタクトを取るのに消極的です。ですから、外国人と話す時には意識してアイコンタクトを取るように心がけましょう。
かなり以前のことですが、マンハッタンのサブウェイ(地下鉄)の車内で、通路の向かい側から「ミス! ミス!」と、突然、大きな声で呼びかけられたことがありました。(若い女性に声をかける際、アメリカでは “Miss(ミス)!”と呼びかけます。日本で言う「奥さん!」的な呼びかけは” Mam(マム)!” です。)声の主は私と同年代くらいのラフな服装をしたヒスパニック女性で、彼女は私の目をまっすぐに見て“I’m sorry!”と謝ってきたのです。乗り降りの人混みに紛れて私の足を踏んだらしく、そのことを謝りたかったようでした。それでわざわざ「ミス!ミス!」と、私が気づいて彼女を見るまで連呼していたのです。私は足を踏まれたことなどまったく気にしていなかったので、そんなふうにきちんと謝られて逆に恐縮してしまいましたが、“That’s OK. No problem!”と、こちらも相手の目をみて笑顔で言葉を返しました。そして、この一件は、コミュニケーションを大切にするアメリカ人らしい出来事として、その後もずっと、印象深く私の記憶に残ることになりました。
日本でも、電車の中や混雑した駅の通路を歩いている時に、誤って誰かの足を踏んでしまうことはありますね。そんな時、マナーのある人なら、「あ、ごめんなさい」「すみません」と謝るでしょう。でも、その際、日本人の場合は、謝りの言葉は口にしても特に相手と視線を合わせる努力はしないですませてしまうのではないでしょうか。そして謝られたほうもそれを聞き流すだけで、謝る相手の顔を見ようとは特にしないことが多いのでは。つまり、そこにはコミュニケーションが成立していないのです。成立していなくても、私たちはそのままなんとなくやり過ごしてしまいます。
この点からさらなるtakeaway(教訓)です(※)。外国人と接する際にアイコンタクトを取ることは大切ですが、混雑している場所で行き違う際に外国の人とぶつかってしまったというような場合には、きちんと立ち止まるなり相手に声をかけるなりして、しっかりと相手の目を見て謝りましょう。お辞儀をする習慣のある日本人はとてもマナーが良いと感じる外国人は多いのですが、日本人がやりがちな、小さな声で謝ってそそくさと下を向いたまま行ってしまう態度や目をそらした謝り方は、外国人にとっては失礼に感じられて、そのギャップに驚かれてしまうかもしれません。本当は、日本人同士でも相手の目をきちんと見て謝るほうがお互い気分良く過ごせるのではないでしょうか?
(※:“Takeaway”といえば、以前はイギリス英語で「お持ち帰り用の料理(店)」の意味でしたが、昨今は、「学びのポイント」「覚えておくべき教訓」というような意味でも使われます。例えばミーティングやプレゼンテーションの締めくくりなどに「今日のTakeawayは…」といってまとめることがよくあります。)
文・晏生莉衣(あんじょうまりい)
東京生まれ。コロンビア大学博士課程修了。教育学博士。二十年以上にわたり、海外で研究調査や国際協力活動に従事後、現在は日本人の国際コンピテンシー向上に関するアドバイザリーや平和構築・紛争解決の研究を行っている。