文/晏生莉衣
グローバル化時代、日本人が外国人と交流する機会は増えています。この教養シリーズでは、異文化理解について楽しみながら学ぶためのトピックスを紹介していきます。国際人としての常識を身につけて、あなたの世界を広げましょう。
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アメリカ英語とイギリス英語の発音には、さまざまな違いがあります。簡単な例をあげてみましょう。栄養素の “vitamin”は、アメリカではヴァイタミン、イギリスではヴィタミンのように発音します。日本語では(“v”の「ヴィ」を “b”と区別せずに「ビ」と書くことが多いので、)一般に「ビタミン」と書かれますが、発音としてはイギリス式に近いということになります。
ではこのように、アメリカでは“i”を一様に「アイ」、イギリスでは「イ」に近く発音するかというと、そういうわけではありません。“i”の発音の違いが逆になるケースに、 “Director” があります。アメリカではディレクター、イギリスではダイレクターとなります。
Director は上級ポストの肩書きによく使われますが、この “Director”がつく役職の例で、国連機関のトップによく用いられている“Director-General”というものがあります。国連機関ではイギリス式英語が使用されるので、イギリス式に「ダイレクター・ジェネラル」と発音されます。日本人は一般的に「ディレクター」の発音のほうが慣れているので、「ディレクター・ジェネラル」と呼んでしまいがちです。それでも間違いではありませんが、こう発音すると、外交の場では、「この日本人、国連組織に慣れてない」、「国連用語を知らない人間だ」などと思われてしまう可能性があります。国際社会では、このように慣習によってアメリカ英語とイギリス英語を使い分けることがあり、単なる発音の違いだけでない、なんらかの示唆を持つ場合があるということも、国際人の常識として覚えておきたいものです。
さて、アメリカ英語とイギリス英語の発音の違いで引き合いに出される別の例として、“often”がありますね。「たびたび」という意味の形容詞ですが、なんと発音するのが正しいのでしょうか。「“t”は発音しない。オフトゥンと発音するのは間違い」と習ったという人、 あるいは「アメリカ人は“t”を発音しないが、イギリス人は発音する」というふうに学んだ人がいるかもしれません。しかし、本当のところは、アメリカでもイギリスでも「オフトゥン」と言っているのを耳にすることはあります。頻度から言うとイギリスのほうが多いですが、イギリス人の間でも、“t”を発音するかしないかは、人によります。教養レベルの違いとする解釈もありますが、辞書を引けばどちらの発音も出ていて、どちらでもいいことになっています。ですから、「オフトゥン」が間違いということはなく、そう発音する人のほうが少ないということです。
“Tomatoは「トマト」? それとも「トメィト」?♪”
と、古いアメリカ映画の中で、主人公の男女二人がユーモラスにやりとりする歌があります。アメリカ人は「トメィト」、イギリス人は「トマト」のように発音するのが一般的なのですが、歌の中では、トマト以外にも、ポテトやパジャマ、接続詞や形容詞などとして使われる “either” といった発音の違いが出てきます。「人によってちょっとした違いはあるものだけど、そんなささいなことは気にしないでつきあおうよ」。そんな思いが歌に込められています。(※)
「ダイレクター・ジェネラル」のように、発音の違いがある程度の影響をもたらす単語はありますが、それは英語のレベルでいえば上級レベルの話。日常生活で普通に会話をする場合は、このトマトの例のようにどちらでもよくて、気にする必要のない違いがほとんどです。
ここでは発音の違いに限って少しだけ例をあげていますが、アメリカ英語とイギリス英語では同じ単語でもスペルが違ったり、同じものでも異なる呼び方をしたりと、いろいろな違いがあります。日本人は真面目な学習態度が身についているので、「どっちが正しいのか?」と、悩んだり迷ったりしがちですが、どちらでも正しいですし、そうした違いはネイティブ・スピーカーには広く周知されているものなので、あまり神経質になる必要はありません。アメリカ人にイギリス式の英語を使っても、相手には通じます。
英語に親しみ、楽しむためには、頭をあまりコチコチにせずに、どちらもOKなのだとそのまま受け入れるおおらかさが大切です。ただし、アメリカ人の先生に習うか、イギリス英語を使う国出身の先生に習うかで、かなり違いが出てくるともいえるでしょう。ですから、「アメリカに地元の日本文化を紹介したい」とか、「イギリスのバブを巡ってビールを極めたい」とか、具体的に目的が決まっている場合には、その目的にあった勉強方法を探したほうが賢明です。
(※:歌を聞いて違いを確認してみたいという方のために、曲名は“Let’s Call the Whole Thing Off” です。映画 “Shall We Dance?”(1937年)で歌われた他、メグ・ライアンとビリー・クリスタル主演 “When Harry Met Sally”(邦題『恋人たちの予感』、1989年)の中でサウンドトラックとして使われたのも記憶に新しいところです)
文・晏生莉衣(あんじょうまりい)
東京生まれ。コロンビア大学博士課程修了。教育学博士。二十年以上にわたり、海外で研究調査や国際協力活動に従事後、現在は日本人の国際コンピテンシー向上に関するアドバイザリーや平和構築・紛争解決の研究を行っている。