文/鈴木珠美
数年前、私の母が「これが人生最後の新車! だから大事に乗るのよ」と満面の笑みで届いたばかりの新車を私に紹介した。かわいらしい淡いピンクカラーの車。これまで黒やシルバー、青系の車に乗っていたのに、彼女が言う最後!? の新車は、ふだんの服の色にも選ばないやさしく、上品なピンク色だった。
外装はぴかぴか。新車だから当然といえば当然なのだけど、昔から母は汚れも小さな傷も許せない性質で、こまめに洗車をし、小さな傷も見逃さずにすぐに修復してきれいな状態を保っている。
「かわいいし、上品な車だね」
というと、さらに上機嫌になった母は声を弾ませながら、「見て見て」とホイールを指さした。
「最初に装着していたホイールは鉄板が覆いかぶさったようなホイールだったの。あれ、かっこ悪いから嫌いで。スポークタイプはないの?と購入前に聞いたら、特別に換えてくれたのよ。5本のスポークがいいでしょ?」
母の娘となってン十年。初めて母のホイールへのこだわりを知る。
ドアを開けると車内からふんわりと柑橘系の香りがただよった。以前私が母にあげたアロマオイルの香りを楽しむカー用品で、シガーソケットに差しみ熱で温めるとアロマが香るシロモノ。どうやらちゃんと愛用してくれているようだ。車内のマットは砂埃もなく綺麗に掃除されている。
シフトノブまわりに用意された小物入れには、造花の花が飾られ、助手席側に設置されているドリンクホルダーには小さな犬のぬいぐるみがちょこんと座っている。後部座席には小さいクッションがふたつ並び、運転席のヘッドレストのステーには車内用の傘入れがぶら下がっていた。
母がラゲッジルームを開け、手招きしている姿が見えた。ラゲッジルームに行くと、数本ゴルフクラブが入っているゴルフクラブケースと、洗車道具が入っているケース、スーパーで買い物したレジ袋を入れておくときに重宝しそうな空の収納ボックスが置いてあった。どのアイテムも定位置が決まっているようだった。
どこもかしこも母の愛情が注がれているのがよくわかる。大切にしているのが伝わると乗せてもらう側もとても心地がいい。
私はカーライフアドバイザーというとてもニッチな仕事を生業とし、20年近くいろいろな方々の車の取材してきた。その範囲内でいうと、住まいは日々掃除をして綺麗にしていても、とかく対象が車となると掃除をしない、片付けができない方が少なくない。
住まいは自身と深く関連しているけれど、車と自分はリンクしにくいことから家のように掃除ができないのかもしれない。もしくは単純に、車まで手が回らないのかもしれない。
車もいろいろと手を加えられるところがある。
車のホイール磨いたり、ワイパーのゴミを除去したり、車内に掃除機をかけたり、窓を拭いたり、ラゲッジルームの整理整頓。美しく乗るためには日々のケアが必要で、愛情を注げば注ぐほど、車とのコミュニケーション度はぐんと高められる。
それに乗っている車は、ある意味、自身を表すもうひとりの自分ともいえる。
車に興味なくても、意外と他人は車を見て判断しているケースが多い。
汚れた車と綺麗な車、車内が散らかっている車と整理整頓された車。
汚れて散らかっている車を見ると、家も散らかっているのかな?と想像してしまうし、駐車場で汚れた車を見ると、隣に停めることを躊躇してしまう。
いっぽうで、洗車された綺麗な車で、車内もすっきり綺麗に掃除されていたり、その車のオーナーらしさが伝わるようなコーディネートされた空間が用意されていると、心地よさや上品さを感じ、どんな素敵な人が乗っているのだろうと妄想してしまう。
美しく、そして大切に車に乗っている人は、そのオーナーの株を自然に高める。
それに愛情を注ぎ大事に乗ることは、セーフティドライブにもつながる大切な要素だ。
そんなわけで私も誰に見られているかわからないし、おまけにカーライフアドバイザーなどと名乗っているわけなので、車内清掃はなるべくやるように心がけている。……いやいや、きれいにしていると、運転にも集中できるしマイカーの健康状態への心配りも行き届くなどメリットは本当に多いのだ。
文・鈴木珠美
カーライフアドバイザー&ヨガ講師。出版社を経て車、健康な体と心を作るための企画編集執筆、ワークショップなどを行っている。女性のための車生活マガジン「beecar(ビーカー)https://www.beecar.jp/ 」運営。