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【娘のきもち】母親を名前で呼ばない父。家事を一切手伝わない父。こんな人とは結婚したくないと思った幼少期を経て~その1~

取材・文/ふじのあやこ

近いようでどこか遠い、娘と家族との距離感。小さい頃から一緒に過ごす中で、娘たちは親に対してどのような感情を持ち、接していたのか。本連載では娘目線で家族の時間を振り返ってもらい、関係性の変化を探っていきます。

「いつも母親のことがかわいそうで仕方なかった。私は絶対にこんな人とは結婚しないと小さい頃は思っていました」と語るのは、恵子さん(仮名・39歳)。彼女は現在、小学生と幼稚園に通う2児の母親であり、都内のデザイン事務所で働く兼業主婦です。丸いシルエットのショートボブに、黒のギャザーが入ったニットと、ベージュのミディ丈のペンシルスリットスカートを合わせています。色白で小柄、話し方などはややゆっくりしており、柔らかい雰囲気のある女性です。

両親に感じる主従関係。自分はこんな人と絶対結婚したくないと思った幼少期

恵子さんは奈良県の出身で、両親と3歳上に姉がいる4人家族。父親は祖父の代から続く帽子職人の仕事を継いでおり、母親は恵子さんが小学生の頃ぐらいから父親の仕事を手伝っていました。両親の関係は小さい頃からあまり良くなかったと言います。

「父親は母親よりも5歳年上で、私が物心ついた頃から2人には主従関係があったというか、家はすごく亭主関白だったんです。私は父親が母親のことを名前で呼んだところを見たことがありません。いつも『おい』や、『おまえ』とかで母親は呼ばれていました。暴言などはないけど、そう呼ぶ父親は小さい頃から大嫌いでしたね」

小学生の時に父方の祖父母との同居が始まります。父親は家で仕事をしていたこともあり、仕事を手伝いながら祖父母の面倒もひとりで見る母親をかわいそうだと思うようになっていきます。

「母親は常に忙しくしている感じでした。祖父母も父親も私たち子供には優しかったんですが、母親には当たりが強く見えていました。みんなで晩ご飯を食べている時にテーブルにも座らずに母親はずっと動いていましたね。私や姉が手伝おうとしても、大丈夫だからと祖母に制されたこともあります。母親が父の仕事を手伝うようになったのと、祖父母との同居はほぼ同じような時期に始まったような記憶があるんですが、その頃の母親はいつもどこかしんどそうでした。ゆっくりとテレビを見ている母親なんてイメージはまったくありませんから」

中学生の時に祖父が亡くなり、祖母も徐々に寝たきりになっていったそう。そんな時に母親から離婚話が出たことがあり、結果祖母は父親の弟家族と同居することになったと言います。

「その当時の記憶は本当に曖昧でしか残っていないんですが、祖父が最後は入院先で亡くなり、そのことで祖母の口数はどんどん減っていき、最後はあまり会話もなくなりました。夜中に両親の言い争う声がよく聞こえてきていました。母親から『お母さんと一緒に家を出ていこう』と誘われた記憶もあります。その時には離婚の話も出ていたんですが、母親は一度も家を出ていくことなく、祖母は叔父に引き取られていきました」

成績は下の上。そのことを知った父は受験準備中の三者面談に仕事を休んで参加

中学の時に家がバタバタしていたこともあり、反抗期らしいものが恵子さんにはなかったそう。そして成績についても両親に確認されないまま3年生になり、初めて父親に成績を見せた時、父親はひどく怒ったと言います。

「姉の成績が良かったこともあり、両親は私の頭もそこそこだと誤解していたんでしょうね(苦笑)。実際受験シーズンは家が一番バタバタしていた時だったこともあり、両親とも成績にはまったく無関心でした。私は中学生の頃から段々落ちこぼれていって、学校の成績は下の上くらい。志望校を決める三者面談前に両親に初めて成績を見せたところ、父親から大目玉を食らいました。『アホ』とか普通に言われたと思います。そしてそんなこともあり、三者面談には父親が参加することになったんです。他の家はほぼ全員が母親だったので、すごく嫌でしたね。当時は女性の担任だったので、偉そうに言ったらどうしようとか心配していました。結果そんなことはなかったんですがね」

高校は県内の商業高校を受験して、恵子さんは無事合格。実は数日前に結果が出た滑り止めで受験していた私立校に落ちていたこともあり、両親とも受かった時は盛大にお祝いをしてくれたそうです。

「もう気が気じゃなかった。中学生で浪人なんてことになったら目も当てられないですからね。両親もやたらとリラックスさせようと姉と3人でやたらと気を使ってくれていました。落ちてからはずっと晩御飯は私の好きなメニューでしたよ。両親の仲が普通に戻ってきたのは私の受験があったからかも(笑)。無事受かった時に久しぶりに家族4人で食事に行きました。久しぶりに笑っている両親の顔をそこで見た気がします」

商業高校を卒業後に専門学校に進学、そして上京と、自分の進路を一度も反対しなかった父。それにはある意味が隠されていた。

~その2~に続きます。】

取材・文/ふじのあやこ
情報誌・スポーツ誌の出版社2社を経て、フリーのライター・編集者・ウェブデザイナーとなる。趣味はスポーツ観戦で、野球、アイスホッケー観戦などで全国を行脚している。

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