取材・文/坂口鈴香

新聞に、「有料老人ホームに夫婦で入居したが、入居者どうしの交流がなく落胆している」という投書が掲載された。それに対して、ある施設長が「夢を持って暮らしてほしい」と提言した。残された時間の少ない高齢者にとって、夢とは何なのだろう。高齢になっても、夢を持つことは可能なのか?
前編では、経済学者 暉峻淑子さん(96歳)の夢を紹介した。高名な経済学者にしか持てない夢ではないかと思われるむきには、あるテレビ番組に登場した男性を紹介したい。
【前編】はこちら。
80歳目前で高校に入学した
その人は80代の元工務店経営者。79歳で高校に入学し、自分が「10代に思えた」というほど、同級生たちとも深く付き合えたと振り返る。しかも皆勤だという。年齢を考えると、なかなかできることではない。4年間の在学中、仲の良い同級生からはさまざまなことを教えてもらったし、彼女(こちらは同年代の女性)もできて卒業式にも出席してもらったというほほえましいエピソードも紹介された。
男性のはつらつとした表情に、「高齢者に夢を持てなんて偽善では?」と疑う筆者のひねくれた心が洗われる思いがした。この男性にとって、高校に通うことが夢だったのだろうし、通学中は学ぶこと、卒業することが夢だったのだろう。現在の夢は番組では語られなかったが、いわゆる“普通の高齢者”でも夢が持てること、そして夢がいかに大切かがわかる気がした。
寝たきりになった父に目標を聞いた施設長
では、体が不自由になっても、夢は持てるのか。
親を介護するAさんから、こんな話を聞いた。
60代後半の父親が交通事故に遭った。一時は心肺停止になり、死を覚悟したほどだ。蘇生できたものの高次脳機能障害を負い、寝たきり状態で人工呼吸器が必要になった。
急性期病院からはこれ以上回復することはないと言われ、医療型ホスピスとうたう施設に入居したが、ここでは“ただ生かされている”状態だった。その後、有料老人ホームに転院したのだが、そこで施設長が父親に「ここでの目標は何ですか」と聞いたのだという。すると父親は「歩きたい」と意思表示をした。Aさんは、植物状態だと思っていた父親が、目標を口にしたことはもちろん、うれしそうな様子を見せたことに目を見張る思いがしたという。
父親は、目標を聞かれたことに希望を見出したのではないか。高齢になっても、体の自由が利かなくなっても、夢は持てる。そしてそれが、生きる意欲になるのを目の当たりにしたできごとだった。
「私も洋品店で働きたい」
こんな話も聞いた。
Nさんの義母は、90代だ。Nさんは、ファッション関係の会社を経営し、国内外を飛び回っている。認知症で、最近はほとんどベッド上で過ごしている義母は、Nさんの仕事を漠然と「洋品店」だとイメージしているらしい。忙しく働く嫁の様子を見聞きするうちに、自分も嫁の力になりたいと思ったのか、こう言ったのだという。
「私もNちゃんの洋品店で働きたい」
昔ながらの洋品店で店番をする姿を思い描いたのか。義母の姿が目に浮かび、Nさんは思わず笑ってしまったというが、最高の夢ではないか。90代でも、認知症でも、夢は持てるのだ。夢があるってすばらしい。
最後に、作家の久田恵さんの夢を紹介したい。久田さんの夢は親から受け継いだ自宅を売却し、高齢者ホームに入ること。“しょぼい夢”だと自認していたが、周りからは「すごい! 準備万端」と絶賛されるという。高齢者が増えるなか、納得のいく晩年にするため、まずは部屋を確保しないといけないのが課題らしい。
そう考えると、くだんの投書者は首尾よく環境の良いホームに入居できただけでも「夢が実現した」ともいえるわけだが、果たしてその後、夢を見つけられただろうか。
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。
