取材・文/坂口鈴香

写真はイメージです。

「こんなはずじゃなかった」波紋を投げかけた投書

半年ほど前、新聞にこんな投書が掲載された。80代の女性から、「夫と二人で有料老人ホームに入居したが、環境は良いものの、期待していた入居者どうしの交流があまりなく落胆している。どうしたら前向きに過ごすことができるのか」というような内容だった。

同じような思いをしている人は少なくない。筆者がお話を聞いた70代のご夫婦も、元気なうちにと自由に生活できる有料老人ホームに入居した。子どもがいないため、いずれは老人ホームに入るつもりで、早いうちから綿密に計画を立て資金を確保し、さらに環境や職員、介護体制、運営会社などを調べ尽くして、ベストと思えるホームを選んで入居したという。ところが、ひとつだけ、予想と違ったことがあった。

「80代後半から90代の入居者が多いのですが、趣味の活動やアクティビティにはほとんど参加されません。長生きなのはホームの環境が良い証拠だとはいえ、私たちと会話をする機会自体ないのです。二人で暮らしていたときよりも世界が狭まったように感じています。これだけは、入念な下調べでもわかりませんでした」

いずれも「こんなはずじゃなかった」の典型例だ。このご夫婦は、外出もできるので外に楽しみを見つけるようにしているということだったが、前出の投稿者の場合、身体状況などからそれもできないのだろう。

この投稿にはかなりの反響があったようだ。その後、同じような環境の高齢者や子ども世代からの投稿も掲載されたように記憶しているが、印象に残ったのが、有料老人ホームの施設長だという男性からの投稿だ。簡単に言うと「夢を持って暮らしてほしい」というものだった。

高齢者にとって「夢」とは

「夢?」と思ったのは、筆者だけではないだろう。確かに、「入居者に夢を持ってもらう」という取り組みに熱心な高齢者施設は少なくない。筆者も、そうした施設で“夢”を持って前向きに暮らしている方のレポートを書いたことは何度もあるが、本音としては「体が弱ったり、自由が利かなくなったりするばかりの高齢者に夢を持てというのは、施設運営側の偽善的な押し付けではないか」というのが正直なところだった。自分がその齢になれば、夢を持つことが生きる張り合いになるのだろうか。そもそも高齢者にとって、夢って何なのだろう。高齢になっても、夢を持つことは可能なのか?

そう考えていたところに、新聞に掲載された経済学者 暉峻淑子さん(96歳)の言葉が目に飛び込んできた。

若いときには数本しかなかった学問のアンテナが、いまでは数十本になっている。年を取れば取るほど、日常のあらゆることが考えるべきテーマとして感じとれるのです。
長生きしているのは、何でもプラスに考えるから。批判されても学びを見つけ、自分の糧にしてしまうので。これまでずっと頭にあったのは、長く生きた人間は最期に何を思うのかということ。私の夢は、死ぬ時に最高の考えを持っていること。その時に何を考え、自分の人生を総括するのか。それが楽しみなんです。(朝日新聞「語る」2024年10月7日)

96歳でも夢があり、それを楽しみにしていらっしゃることに感動を覚えた。そして暉峻さんがどんな「人生の総括」をされるのか、聞いてみたい。

とはいえ、これほど崇高な夢が持てるのは、「氏が高名な経済学者だから。凡人にはとても無理だ」という人もいるだろう。そう思われるむきには、この方を紹介したい。

それは、街で出会った人の家についていき、その暮らしぶりや考え方をお聞きするという趣旨のテレビ番組に登場した男性だ。

【後編】につづく。

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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