「お子さんがいるなら、子宮を全摘したほうがいい」

検査の結果、医師は「お子さんがいるなら、子宮を全摘出したほうがいいです」と事務的に言い切った。

「娘のがんは進行していましたが、リンパ節までは転移していない。卵巣も残せる可能性があることを言われました。いきなり“全摘出”という言葉は重く、娘が私の腕を掴んで“お母さん”と声を出さずに泣いていたことを覚えています。確かに、娘には当時5歳の息子がいます。今後、産まない可能性はあるとはいえ、全摘出だと、妊娠の可能性はなくなる。産まないのと、産めないのでは、大きく違う。私は娘の背中を撫でることしかできませんでした」

ただ、手術をすれば、娘の命は助かることは伝わってきた。そのことを夫に話すと、「あの子が生きていればいいよ」と言ったという。医師と相談した結果、娘は「広汎子宮全摘出手術」をすることになる。娘が入院中「あなたは絶対に大丈夫、絶対に生きるのよ」と言い続けたという。

「手術は成功したのですが、後がひどかった。術後、体調不良が続き、ひどい浮腫になったりして、10日予定の入院が、15日まで長引き、その後も自宅療養が続きました。その間、娘といろんなことを話し、娘は“私の人生、こんなはずじゃなかったのに”と泣いていました。娘は、国連に入って、地球全体の問題を考える人になりたかったそうです。紛争地帯や難民の支援がしたかったと泣いていました」

そのとき、瑞恵さんは「東大受験を敵前逃亡した、あなたには無理よ」と思ったが、それを口に出さなかった。娘は何も言わない瑞恵さんの考えを感じたのか、「まあ、私はいろんなことから逃げたんだけどね」と話していたという。

「私が教育ママゴンになったから、娘ががんになったのではないかと思っていたら、“お母さんのせいでがんになったんじゃないからね”と言ったんです。びっくりしましたよ。たくさんの恨み節を受ける覚悟はできていたので、意外でした」

娘は、瑞恵さんが大学を中退しても何も言わなかったこと、狛江のアパートから私を強引に連れ戻さなかったことについて、「私を尊重してくれる」と思ったのだとか。

「なんか、親が頑張ることよりも、頑張らないほうが、子供は感謝するって皮肉なものですよね。でもそれは子育ての真理かもしれない」

結局、娘は1年間ほど、瑞恵さんの看護を受け、夫が働く中東の街へと移住した。コロナのときに帰国し、今、娘は海外から来日した子供の学習支援員として働いているという。

「娘のがんがあったから、今、お互いにいい距離感と関係を築いていると思います。あのとき、看病して、四六時中一緒にいたから、気持ちが通じ合ったんですよ。あのときに私を頼ってくれたこと、一緒にがんと戦った強い親子の関係が、私には親孝行だった」

半年に1回ほど、娘と孫は家に遊びに来る。元気そうな顔を見るたびに、幸せを感じているという。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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