【親孝行物語】「この子は絶対に東大に入れる」教育ママが夢を託した娘と10年の絶縁を経て、がん発症から回復した母娘の関係～その２〜

「孝行のしたい時分に親はなし」という言葉がある。『大辞泉』（小学館）によると、親が生きているうちに孝行しておけばよかったと後悔することだという。では親孝行とは何だろうか。一般的に旅行や食事に連れて行くことなどだと言われているが、本当に親はそれを求めているのだろうか。

「AYA世代（Adolescent＆Young Adult／思春期・若年成人）」という言葉を最近よく耳にする。これは、15歳から39歳の患者のことを指す。2023年11月、国立がん研究センターと国立成育医療研究センターは、2018～19年の2年間にがん治療を始めたAYA世代の患者（5万8062人）の傾向を分析。8割が女性だったと発表した。

中でも乳がんや子宮頸がんの患者が多いという。勉強、仕事、恋愛、子育てなどに邁進する時期に、治療に集中しなければならない苦しみは想像もつかない。

都内近郊に住む専業主婦の瑞恵さん（70歳）は「“途中までは”いい子だった娘が、まさか35歳でがんになるとは思わなかった」と話す。瑞恵さんは20歳で8歳年上の夫と結婚。姑から「大卒ではない」ということで差別を受け続ける。学歴コンプレックスを募らせた瑞恵さんは、23歳で産んだ娘を「東大に入れる」と躍起になる。娘は受験の段階で東大に出願さえせず、名門私立大学に入学するが、2年で中退。バックパッカーを経て、夜の仕事に就く。

音信不通になっても、自宅のタンス預金から5万円、10万円とお金がなくなることから生存確認をしていたという。

【これまでの経緯は前編で】

長女が母になり、嬉しかった

大手商社に勤務した息子が、歌舞伎町で娘の姿を見かける。娘は出勤しているように見えて、夜の仕事のお店に入って行ったという。

「その頃は生きていればいいと思っていました。でも、辛い思いをしていないかとは心配していました。連絡を再開したのは、娘が30歳の頃。子供が生まれたと連絡があり、心からホッとしました」

10年間、音信不通だった娘が家に帰ってきた。思ったより健康そうで、すんなりと家族に溶け込んだ。

「当時、スリングという抱っこひもが流行っていて、そこに生まれたばかりの赤ちゃんがおり、危なっかしくてハラハラしました。父親は海外に住む料理人だという。出稼ぎのような状態で、仕送りはたっぷりしてもらっているとのこと。“今までありがとう”と100万円持ってきました」

自分も母になって、親の気持ちがわかるようになったのか、娘は別人のようになっていたという。

「私も娘と会わない10年間に、心理や親の在り方について学びました。いかに自分がダメな親か、自分を責め続けた日々だったので、娘が帰ってきてくれて、母になったことはとても嬉しかった。孫がいると、話がしやすいというか、お互いに寄り添うような気持ちになり、娘とやっと親子のようになれたと思いました」

親子関係が回復し、孫も順調に成長した頃、瑞恵さんは娘の不正出血に気づく。スカートやズボンを経血で汚していることがよくあり、指摘したかったがどうしてもできなかった。

「私が何かを言うと“また、お説教かよ！”と怒鳴られそうで怖かった。また、いなくなってしまうのも嫌だった。半年くらいそんな状態が続き、娘から“最近、調子が悪いんだよね”と言ってきたんです。“婦人科に行ってきたら？”と伝えてから、1か月後、重い腰を上げてクリニックに行くと、真っ青な顔をして、大学病院への紹介状を持って帰ってきました」

子宮頸がんは、AYA世代に多いがんだ。原因は性交渉などによりHPV（ヒトパピローマウィルス） に感染することだという。感染から子宮頸がんに進行するまでの期間は、数年から数十年と考えられており、継続して感染すると、細胞が異常な形になる「子宮頸部異形成」と呼ばれる状態になるという。

「娘の場合、“高度異形成”と呼ばれるほど進行していた。“お母さん、怖いから一緒に来て”と言われたときは、頼られる嬉しさと、万一のことがあったらどうしようという不安と悲しみで、涙が出そうになりました。でも、私が泣いたら、娘が不安になる。“あなたは絶対に、大丈夫よ！”と笑顔で言うのが精一杯でした」

翌日、瑞恵さんと娘は一緒に、大学病院に行く。若い女性の医師は「お子さんがいるんですね」とホッとした顔をしたという。

【「子宮さえ取れば、大丈夫。よかったですね」の言葉に……次のページに続きます】