「孝行のしたい時分に親はなし」という言葉がある。『大辞泉』(小学館)によると、親が生きているうちに孝行しておけばよかったと後悔することだという。親を旅行や食事に連れて行くことが親孝行だと言われているが、本当にそうなのだろうか。
7月4日、JTBは「2024年夏休み(7月15日~8月31日)の旅行動向」を発表。これは夏休みに1泊以上の旅行に出かける人の旅行動向の見通しをまとめたレポートで、1969年より継続的に調査を実施している。
本調査によると、夏休みの総旅行者数が6975万人(対前年95.9%)総旅行消費額が3兆2743億円(対前年96.8%)だった。個別予算の平均額もあり、国内旅行は4万2000円(対前年100%)、海外旅行は23万9000円(対前年103.5%)だった。
「旅行は親孝行になりますよ。ただ、親に合わせてくれる旅行ならばね」というのは、首都圏のアパートに暮らす由美子さん(78歳)だ。彼女は40年前、38歳のときに夫(享年50歳)と死別し、当時10歳の息子(現在50歳)を一人で育てる。会社経営者だった夫は、借金しか残さず、由美子さんはバス会社の事務とスナックのダブルワークをしながら、息子を大学まで出す。
国立大学を卒業した息子は、大企業に勤務して30歳で結婚するまで由美子さんと同居。結婚1年後に由美子さんに宛てて絶縁状を送りつけてくる。以降約15年間、息子とは音信不通のまま過ごしたという。
【これまでの経緯は前編で】
「息子夫婦に子供ができなくてよかった」
息子の絶縁状から約15年間、由美子さんは毎月33万円入るアパートの家賃収入を得つつ、悠々自適の生活を送る。
「その頃、気付いたのは、子供は10歳くらいまでに親孝行を完了しているということ。子育て中は何もかも制約されて、苦しいことばかりなのですが、振り返ってみると、あれほど生命を燃やした時期はなかったと思うほど満たされていた。私がいなければ生きていけない存在を、守り、愛しむ時間は、宝物なんですよ」
息子からの絶縁状が送られてきたのは、由美子さんが59歳のとき。その後、勤務していたバス会社の定年、スナックの閉店などが重なる。
「いずれも22年間も勤務しましたから、疲れていましたし、やり切った感じはありました。それに私にはすべきことがあった。母から相続したアパートの管理人業務、家庭菜園、地元の清掃ボランティア、保育園のサポートスタッフのアルバイトなどなど。あれだけ予定を入れたのは、“息子にもう会えない”という寂しさを埋めるような目的もあったんでしょうね。息子が結婚したときは『冬のソナタ』に救われ、定年後の時間は、保育園のバイトなどで満たしました」
息子夫婦に子供は生まれなかったという。由美子さんは嫁に不信感を覚えており、「子供ができなくてよかった」とも考えている。
「嫁が明らかに変なんですもん。自分が一番、自分が最高というタイプで、自分に都合が悪いことがあると、ほっぽり出して逃げ出すタイプ。そのときに誰かを悪者にするという性格の人。私もこれまで散々苦労して、嫁みたいなタイプに苦しめられてきた。パッと見てすぐわかるんですよ。自己正当化ばかりが上手で、他人を思いやらない人。なんでそんな女と息子が結婚したのか、さっぱりわかりませんでした」
結婚当初、嫁は新設大学の講師などを務めていたが、次第に仕事はなくなっていく。NPOに参加して社会活動を行なっていたというが、それも名ばかりの活動になっているようだと読んでいる。
「私たちの世代にはインスタやX、Facebookをやっている人は多い。私も新しいもの好きだし、推しの俳優さんの動向をチェックしたいから。で、息子も私の“推し”ですが、彼はSNSをやらない。嫁はどうだろうと名前を検索するとすぐに出てきましたよ」
それは、いかに自分が社会から求められているか、誰も羨む生活をしているかという投稿内容だった。
「そして息子から15年ぶりに連絡があり、“温泉でも行かないか”と誘われたのです」
行き先は、高額かつ有名な温泉旅館だった。由美子さんは「絶縁状を送ってきたくせに、勝手なものだ」と思ったが、愛する息子だ。待ち合わせの東京駅に意気揚々と出かけた。15年ぶりに会った息子は、45歳という年齢にも関わらず、髪のほとんどが白髪になっており、顔色は土気色をしていた。
「体も2回りほど痩せており、夫と同じようにがんになったのではないかと思いましたが、そうではないという。嫁はハイテンションで、“お母様とお会いしたかったです”と何事もなかったかのように振る舞う。行き先は熱海の高級旅館だったのですが、新幹線に乗るにしても、二人でエスカレーターをずんずん上がってしまうし、嫁はパシャパシャ写真を撮るし、少しもくつろげませんでした」
高級旅館も全く由美子さんを考慮していなかった。階段が多く、大浴場は遠い。腰が悪い由美子さんには辛かった。
「三人部屋というのも最悪でした。それでずっとスマホを見ているか、写真を撮っていますからね。部屋に露天風呂はついていたが、息子夫婦の前で入れないし、写真を撮られるのも嫌。私もイラっときて“インスタに上げないでね”と釘を刺したら“大丈夫ですよ! お義母さん、インスタやってるんですね。若い!”などと言う。帰宅後、確認したら私の顔にモザイクをかけてインスタに上げている。面白くないですよ」
散々な旅で酷い目に遭った。嫁のインスタをみると、「義母に親孝行をする私」という内容だった。その直後、息子は嫁と別居し、1年前に離婚した。
【息子は「お母さん、ごめんなさい」と言いにきた……次のページに続きます】