写真はイメージです

「孝行のしたい時分に親はなし」という言葉がある。『大辞泉』(小学館)によると、親が生きているうちに孝行しておけばよかったと後悔することだという。では親孝行とは何だろうか。

一般的に旅行や食事に連れて行くことなどだと言われているが、本当に親はそれを求めているのだろうか。

ここでは家族の問題を取材し続けるライター沢木文が、子供を持つ60〜70代にインタビューし、親子関係と、親孝行について紹介していく。

今、転職市場が活況だ。総務局統計局の労働⼒人口統計室が発表した『労働力調査』(2023年最新版)の「直近の転職者及び転職等希望者の動向について」を見ると、「転職等希望者数」が前年比39万人増え、集計を開始した2013年以来、初めて1000万人を超えた。この背景には、人手不足や、ワークライフバランスの浸透による価値観の変化もあるだろう。

新潟県に住む花江さん(79歳・スナック経営)は、「さっき、息子が会社(大手企業)を定年退職したという連絡があったんです。本当にうれしくて……」と話し始めた。彼女は15歳、1960年に故郷の新潟から集団就職で上京する。劣悪な労働環境の蕎麦屋を半年で飛び出し、千葉県内で工場を営む経営者一家の住み込み家政婦になる。しかし18歳のときに20歳年上の植木職人と男女の仲になり、妊娠する。

【これまでの経緯は前編で】

幸せな生活は、3年で終わった

花江さんは、家政婦を辞めて半年後に、男の子を産む。父39歳、母19歳という当時にしても珍しい年の差夫婦だ。

「昔は結婚が早く、39歳で父になることはかなり遅いことだったんです。“おじいちゃんですよ”などとおどけていました」

植木職人としての腕がいい夫は、多くの邸宅に出入りしており、生活は安定していた。それなのに結婚しなかったのは、戦争の影響があったという。

「夫は20歳のときに終戦を迎えています。当時のことはほとんど話しませんが、かつて茨城県の阿見におり、東京大空襲を経験し、終戦を迎えたと言っていました」

茨城県阿見町には霞ヶ浦海軍航空隊という、旧日本海軍の施設が置かれていた。ここでは少年に飛行機の操縦法を習得させており、特攻隊になった人も多かった。当時の様子は、『阿見町予科練平和記念館』で知ることができる。

「夜、うなされていることもあり、何も聞けませんでした。ただ、子煩悩で私にも優しかった。でも、結婚3年目に交通事故に遭い、働けなくなってしまった。親方も“これを機に若手を育てる仕事をしてほしい”と言ってくれたんですが、あの人は、現場の作業にこだわった。親方とケンカして仕事も辞めてしまい、当然のように酒びたりになって、1年後に亡くなったのです」

夫が事故に遭った1970年ごろは、日本における交通事故死者数が2万人に迫っており、「交通戦争」と呼ばれる時代だった。

【「うちの子に欲しい」と言われたが断り、息子を抱えて、故郷に帰る……次のページに続きます】

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