「孝行のしたい時分に親はなし」という言葉がある。『大辞泉』(小学館)によると、親が生きているうちに孝行しておけばよかったと後悔することだという。では親孝行とは何だろうか。

一般的に旅行や食事に連れて行くことなどだと言われているが、本当に親はそれを求めているのだろうか。

ここでは家族の問題を取材し続けるライター沢木文が、子供を持つ60〜70代にインタビューし、親子関係と、親孝行について紹介していく。

息子が大手企業で定年を迎えた

今、転職市場が活況だ。総務局統計局の労働⼒人口統計室が発表した『労働力調査』(2023年最新版)の「直近の転職者及び転職等希望者の動向について」を見ると、「転職等希望者数」が前年比39万人増え、集計を開始した2013年以来、初めて1000万人を超えた。この背景には、人手不足や、ワークライフバランスの浸透による価値観の変化もあるだろう。

新潟県でスナックを経営している花江さん(79歳)は、「さっき、息子が会社(大手企業)を定年退職したという連絡があったんです。本当にうれしくて……」と話し始めた。

1945年、終戦の年に生まれた花江さんの人生は、苦労の連続だったという。

「まず、私は父の顔を知らない。母に聞いても絶対に教えてくれないんです。母は69歳で亡くなってしまったので、もう聞きようがないです。戸籍を見ても母しかいませんからね。そもそも私は母が17歳の時の子。その若さを考えても、きっと人に言えない事情があったんじゃないかと。未婚かつ10代で子供を産む人も、まだ多くはなかったですから」

現在、第一子出産時の母の平均年齢は31歳(『人口動態統計月報年計(概数)の概況』2023年)だが、1955年は25歳(国立社会保障・人口問題研究所)だ。

「世の中全体が右肩上がりで、“産んでしまえばなんとかなる”という思いが私にもありました。あとは、いざとなったら、本家がなんとかしてくれるという思いも。戦争の爪痕は深く残っており、孤児になってしまった子のための施設もありました。あとは世の中全体が貧しかったから、今みたいに教育費だなんだと心配する必要がなかったんです」

花江さんの学歴は中卒だ。義務教育の中学校を卒業してから、1960年に集団就職で上京する。

「親戚の家をたらい回しにされて育ち、やっと東京に行けるとワクワクしていました。当時、中卒で働く人は“金の卵”と言われてもてはやされましたが、実際は安い給料でこき使われる捨て駒。学校が勝手に就職先を決めて、私たちはただ行くだけでした。私は都心のお蕎麦屋さんに就職。行ってびっくりしたのは、二段ベッドがある6畳程度の部屋に、10人くらいの女の子が詰め込まれて、共同生活をしながら働くんですよ。朝5時に起こされ、夜11時までこき使われて、月給は1万円。当時にしても激安ですよ。叩かれる、怒鳴られるは日常茶飯事。私は気が強いからいいですが、可愛い子はお客さんや厨房に入っている料理人たちから、体を触られたり、いやらしいことを言われたりしていましたよ」

日本の高度経済成長を支えたのは、劣悪な労働環境で働いている人々だったのかもしれない。花江さんも、貧しいからどこにも行けず、家にも帰れず耐えるしかなかった。

「限界が来たのは、勤めて半年のとき。風邪を引いて寝込んでいたら、おかみさんから“この忙しいのに、役立たず”と怒られたんです。その翌日、“もうだめだ”と思って寮を飛び出しました。お金もないし、どこに行っていいかかわからないまま、上野駅まで歩いてうろうろしていると、顔馴染みのお客さんが“どうしたの?”と声をかけてくれて、その人の家に連れて行ってくれたんです」

当時の上野駅は、ホームレスが多く、あちこちにタバコを吸う人がいて、暗く、汚かった。故郷の新潟に帰ることもできず、途方に暮れていたときに遭遇したその40代後半の男性客が救世主に見えたという。

「僕の家に来るかい、というので、都電とトロリーバスを乗り継いでおじさんの家に行ったんですよ。すると、おじさんの奥さんが“大変だったわね”と迎えてくれて、暖かい家庭の匂いがあって泣いちゃったんですね。おじさんはお店に連絡し、私はお店を辞めることができました。そして、おじさんの紹介で住み込みの家政婦になったんです」

大恩人とも言える「おじさん」だが、花江さんは顔も名前も家がどこにあったかも覚えていないという。

「多分、今の江戸川区か浦安の方か……当時16歳で子供でしたし、その後の人生が波乱万丈で、全く覚えていないんです」

【18歳のときに、20歳年上の植木職人と恋をする…次のページに続きます】

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