娘は41歳のときに、母になった

朋恵さんは娘のことを考えていると気が滅入るので、50歳のときに学習塾でのパートの仕事を始めた。小学生の世話をして、勉強の面倒を見ているうちに、娘に対して辛く当たったことを自覚し、反省するようになったという。

「私は未熟な母だったんですよ。塾の生徒にやっているように、ほめて、認めてあげればよかった。悪いところを見つけて、足りないところを怒って……なんてひどいことをしてしまったんだって反省ばかりです」

他人の子供を通じて、自分の子育てを振り返るほど、娘から絶縁されるのは当然だと思うようになった。

「幼い娘に甘えていたんです。子育ての不安を彼女にぶつけて、思い通りにいかないと怒りを爆発させて、どっちが子供なんだって。とはいえ、やってしまったことは、取り返しがつきません。このまま娘に会わないまま、一生が終わるんだろうなって。テレビでも“毒母”はよく取り上げられている。“親を捨てる”とか、“家族じまい”とかそんな話題も多いじゃないですか。過去を後悔して、泣いて、何も気にしていない夫に救われて(笑)。そんな毎日を過ごしているうちに、2年前に娘がうちに来たんです」

ほぼ20年、実家に寄り付かなかった娘は、20代前半のときよりも太っており、ホッとしたという。

「娘が中学生のとき、摂食障害になって体重が30キロ台になってしまったことがあったから。娘が“久しぶり”と言うので、“おかえり”と言いました。子供の前で感情を爆発させたり、“どうして帰ってきてくれたの”など、行動の理由を問う行為をしてはいけないことは、もう学んでいたので、込み上げる涙を我慢して、冷静に振る舞っていたのです」

娘は41歳のときに女児を出産し、母になっていた。「私も母親になって、あなた(朋恵さんのこと)の状況がわかるようになった。コロナで死ぬかもしれないから、会っておこうと思って」と言った。

「夫と娘は1か月前に新宿でばったり会ったんですって。私の後悔を夫づてに聞いてたそう。夫は娘に口止めされていたので、黙っていたらしいです。娘を前にしていると、かつての私に似ている“おばさん”になっていて、それがとても嬉しくて、私の子育ては間違っていたけれど、この子は生きて母になって、よかったと思ったんです。それは学習塾での18年間の仕事の経験があるからそう思えたのかもしれません」

朋恵さんはパートから契約社員になり、営業や運営なども行っていたという。夫はそのことについて、何も言わなかった。それは、朋恵さんが夫に対して「反対したら離婚する」と離婚届を突きつけたから。

「最初から自分のやりたいように生きればよかったのに、それができなかったんです。そして、娘に不満をぶつけた。それが諸悪の根源。だから、毎日を精一杯、社会のために生きていこうと思いました。その先に、娘の幸せがあると信じたのです」

塾に来ていた親子を通じて、いい子育てのやり方の輪郭が見えたという。それは子供に踏み込みすぎず、何も言わずに認め、見守ること。

「それから娘は1か月に1回くらい、顔を見せるようになり、ときどきLINEもくれます」

1年前に夫が急性白血病であれよという間に亡くなったときも、駆けつけてきてくれた。

「そのときに、“こんな私に親孝行してくれなくたっていいのに”って。娘が幼いときに、私はひどいことをした。捨てられたっていいのに、隣で背中をさすってくれる。夫には悪いですが、“あなたが死んだおかげで、娘とくっつくことができた”って感謝しました」

朋恵さんは「ひどい母親」と繰り返したが、娘の生命を脅かしたり、日常的に暴力を振るっていたのではない。感情を爆発させる頻度が多かったことが問題だったのだ。

娘はその回復に20年の時間を要した。そしてその間、母・朋恵さんは親子の在り方について、仕事を通じて学び続けた。そして、娘は歩み寄り、「親子の繋がりをお互いに実感する」時間を朋恵さんにもたらした。それが最高の親孝行に繋がったのだ。

親子関係は、不器用な人間同士の正解がない繋がりだ。自分にとっての「最大の不幸」とは何かを考えて、そこに触れないように行動することも選択肢になるだろう。今、多くの親子が問題を抱えている。何が正解かは誰にもわからないからこそ、日々をよく生きることが大切なのかもしれない。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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