「孝行のしたい時分に親はなし」という言葉がある。『大辞泉』(小学館)によると、親が生きているうちに孝行しておけばよかったと後悔することだという。では親孝行とは何だろうか。一般的に旅行や食事に連れて行くことなどと言われているが、本当に親はそれを求めているのだろうか。

ここでは家族の問題を取材し続けるライター沢木文が、子供を持つ60〜70代にインタビューし、現代の親子関係と、親孝行について紹介していく。

大手金融機関を定年退職し、埼玉県内で一人暮らしをしている和夫さん(73歳)には、40歳の息子がいる。和夫さんは30歳のときに上司の勧めで見合い結婚し、33歳で親になる。しかし、見栄っ張りな妻との結婚生活はうまく行かなかった。妻は教育ママになり、息子に勉強を強要していた。妻から息子を庇うのは、和夫さんの役目だった。それでも息子は妻の期待に応え、名門中学校に合格する。しかし、すぐに不登校になってしまったという。

【これまでの経緯は前編で】

「学校なんて、行かなくていいよ」

息子はせっかく合格した名門中学校に登校しなくなってしまった。家で引きこもりのような生活をしていると、妻がヒステリックに怒ったり泣いたりする。息子が無反応なままやり過ごそうとすると、怒りの矛先は和夫さんに向いた。専業主婦の妻と不登校の息子を家に置いておくのが心配で、時々平日に有給休暇をとり、息子を山や草原の散策に連れ出していた。

「1か月もしないうちに、妻とは別に暮らした方がいいと思いました。うちの会社は離婚をすると出世の階段は登れないので、離婚はできない。息子に“お父さんと別のところで暮らさないか”と言うと、“絶対にそうする”と即答した。自宅マンションを出て、一駅隣のアパートを借りての父子2人暮らしの始まりですよ。妻はそこまで追っかけてきませんでした」

息子は和夫さんと暮らすうちに、気持ちが落ち着き、向学心が芽生えたのか「公立に編入する」と言い出す。すぐに和夫さんは動き、息子は夏休み明けに地元の中学校に編入する。新しい学校ではいじめも経験したが、なんとか乗り越え、私立大学の附属高校に進学した。

「息子が入った高校の母体となる大学が、僕が夜学を卒業した大学でした。僕は社会人として夕方から大学に通っていたから、友達の交流とか、楽しいキャンパスライフとは無縁だった。当時、僕が背広姿で教室に入ると、真っ白なテニスシューズを履いた一部(昼間部)の学生が授業を終えて喋っている。向こうは何も思っていませんが、僕は死ぬほど……文字通り死ぬほどうらやましかった。すっかり忘れていましたが、息子の合格を知った日に、若い頃の悔しい思いを一気に思い出したんです。あの世界に、いずれ息子は行くんだと思い、うれしくて泣きました。別に高校なんてどこだっていいと思っていたんですが、息子は僕が得られなかった“普通”を成し遂げてくれた。それがうれしかった」

その高校は世間的には「すごいね」と言われる部類に属する。和夫さんは「みんなに自慢できるから嬉しいのではない。君は大学に進学すれば、お父さんが憧れていた昼間の普通の世界で堂々と学べる。僕ができなかったことを、君がそれをする未来があるから嬉しいのだ」と伝えた。

「学校の偏差値で喜んでいては妻と同じですからね(笑)。息子は、“もしかするとまた、学校に行けなくなるかもよ”と笑っていました。あの笑顔の瞬間が、最初にして最高の親孝行。普通に頑張った先の笑顔です。息子は幼い頃から普通の生活をしていなかった。小学生が模試の結果に一喜一憂するのもおかしいですし、せっかく入った名門中学校を不登校でやめたのは異常を重ねた結果だと思っています。そして普通の公立に転学するという挑戦をし、“自分で決めたことだから”と何があっても通い続けた。別の人には普通のことでも、僕にとってはどれだけ普通が得難いか。そして、2年間、自分の意思で勉強して、自分の行きたい高校に入る。親にとって、我が子が試練を乗り越えて成長するという“普通の姿”を見せてくれることが最高の親孝行なんですよ」

妻はその話をどこから聞きつけたのか、入学式に着物を着てやってきた。入学式の看板の前で息子と写真を撮ると、そそくさと帰っていったという。

【息子は、結婚式に母親を呼んでいたのだろうか……次のページに続きます】

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