義父が母親と離婚しない理由は
大学を卒業後に就職するも比奈さんは実家を離れられなかった。
「家を出ようと思うと母親に伝える度に『お前は何もできない!』『一度出たら二度と帰って来られなくしてやる!』と言われ続けて、心が折れてしまって……。一度出たら戻る場所がなくなると思うと、動くことができなかったんです。あんな母親でも唯一の肉親ですから」
比奈さんは親元を離れるということは母親を捨てることと同じだという思いがあったという。そんな罪悪感を断ち切ってくれたのは義父だった。
「当時すでに義父と母親にちゃんとした会話はなく、2人でいるときには母親の罵声だけが聞こえていました。そんな状況なのに、義父は毎日帰ってきて、母親と一緒にいました。
そんな父親が『外に出なさい』と私に言いました。『お母さんのことは心配ないから。大丈夫』と、私が一人暮らしをするための手続きなどをしてくれて、送り出してくれたんです」
母親に家を出ることを一切伝えることなく、比奈さんと父親は日を合わせて有給休暇を取り、母親がいないときに引っ越しを終えた。母親から連絡が来ることはあったが会いに来ることはなく、今は連絡も一切ない状況だという。義父とは現在も定期的に連絡を取っている。
「最初の頃は母親に対する罪悪感や、私をなくした後の母親はどうなってしまうのかという心配もありました。でも、母親は今も元気に暮らしています。寂しい思いもありましたけど、もう完全に割り切ることができました。それは義父のおかげだと思っています」
義父は今も比奈さんの母親と離婚はしていない。母親は『相変わらず毎日怒っていて、元気だ』という報告を定期的にしてくれており、それがあるので連絡があるとき以外に母親のことを思い出さずにすんでいるという。
比奈さんと母親のように、親のことが嫌いなのに離れられないという依存関係に陥る場合がある。そこから脱するためには信頼できる人の存在が重要になる。頼れる場所があることで親という依存する場所がなくなっても大丈夫と思えるからだ。義父は比奈さんの母親と離婚する意思はないという。比奈さんにはそれしか語らないらしいが、母親のことを考えてのことももちろんあるだろうが、比奈さんを母親から守る思いもあるのではないかと感じる。
取材・文/ふじのあやこ
情報誌・スポーツ誌の出版社2社を経て、フリーのライター・編集者・ウェブデザイナーとなる。趣味はスポーツ観戦で、野球、アイスホッケー観戦などで全国を行脚している。