取材・文/ふじのあやこ
一緒にいるときはその存在が当たり前で、家族がいることのありがたみを感じることは少ない。子の独立、死別、両親の離婚など、別々に暮らすようになってから、一緒に暮らせなくなってからわかる、家族の大切さ。過去と今の関係性の変化を当時者に語ってもらう。
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ARINA株式会社が運営する幼児、小学生の親御さん向けの教育メディア「おうち教材の森」では、「子どもにイラっとした時の自分のアンガーマネジメント」に関するアンケート調査(実施日:2023年6月28日、有効回答数:日本全国の中学生以下の子どもを持つの親200人(10代:0人、20代:14人、30代:111人、40代:69人、50代:6人、60代以上:0人)、インターネット調査)を実施。子どもにイラっとしたときの対処法のトップ3は「一旦その場を離れる」「深呼吸して冷静になれるようにする」「相手の立場で考えてみる」となり、親は怒りを子どもに向けないように努力していることがわかる。
しかし、今回お話を伺った比奈さん(仮名・41歳)の母親は一度気に食わないことがあると手がつけられないほどの癇癪を起こし、その怒りを比奈さんにぶつけていた。実の父親はそんな母親から逃げ出し、母親の再婚相手は母親の罵声を無言で聞き続けていた。【~その1~はコチラ】
義父は良くも悪くも影響がなかった
母親は比奈さんの父親と離婚した後から働き始めており、外では癇癪を起こすことはなかった。母親は仕事仲間と遊んでから帰ってくることもあり、家で義父と2人きりになることもあったという。
「義父と多くの言葉を交わすことはなかったけれど、2人きりの空間でも居心地の悪さは感じていませんでした。母親が遅くなる日は私と義父にメールで連絡があったのですが、そのときには義父は私を外食に誘ってくれたり、好きな食べ物のリクエストを聞いてくれてそれを買って帰って来てくれたりしていました。義父もバツイチですが、子どもはいませんでした。だから私とどう接していいのかわからなかったのか、たまに『学校はどうだ?』とドラマにあるような父親と娘のやりとりをしていました。その時間は少しくすぐったい気持ちになるものの、嫌いじゃなかったです」
学校以外の時間はアルバイトで家を離れていた比奈さんと、仕事をしている義父と母親の3人は夜しか顔を合わせることはなかったが、母親の癇癪がなくなったわけではなかった。その環境から抜け出すために高校卒業後は就職しようと考えていた比奈さんだったが、母親から大反対を受けて、結局実家から大学に進学することになる。
「癇癪を起こすものの、私の親という自覚はあったみたいです。大学は出ていないといけないと母親は進学を希望して、『こんなにしてやっているのに家を出るとか許さない!』『お前なんて1人で生活できるわけない!』というようなことを怒鳴っていました。
外面の良い母親は先生に口添えをして、大学に進学することになりました。私も親に見放されてまで一人暮らしする勇気がなかった。本当に一人では何もできなかったんです」
【義父が母親と離婚しない理由は。次ページに続きます】