孫が生まれて、生活が一転する

紀雄さんの定年退職とほぼ同時に孫娘が生まれた。親戚一同が「あのキャリア女性が子供を産むなんて」と、驚いた。それから1か月後、長男夫婦は紀雄さんの自宅近くに引っ越してきた。妻は「私たちに子守りをさせるために、こっちにきたんだろうね。共働きで、子育てなんて、無理だもん」とため息をついた。

その予想通り、嫁は産後半年で仕事に復帰。生後すぐの方が保育園にも入りやすいのだという。息子も仕事で多忙だ。

「カミさんも習い事や地域の活動に忙しい。“あなたがやってよ”と言われて、孫の世話をするようになりました。保育園に迎えにいき、息子が帰ってくる20時まで面倒を見るだけなんですが、これがやってみると楽しいんですよ。私は息子2人が幼い頃は仕事第一でした。家事も育児もカミさん任せで、何もしなかったから、新鮮でした」

定年退職後は、趣味のゴルフと、親から譲られたマンション管理に勤しみ、妻と旅行をして第二の人生を楽しもうと思っていたが、その予定は一転。紀雄さんは男兄弟しかおらず、我が子も男2人だ。初めて抱き上げた孫娘に夢中になってしまう。

「女の子は、なんと可愛いものだと。しかも、顔が息子の幼い頃に似ている。どこも小さくて愛らしくて、見ていて飽きない。その様子をカミさんが見て、“あなたは、我が子の時には、その1億分の1も興味を示さなかったのにね”と笑っていました」

ミルクをあげ、離乳食を食べさせ、ママ友や保育園の先生と交流する。そこで得た話題や地域の情報で妻との会話も弾むようになった。スーパーに行くと「あーちゃん(孫)じいじ」と呼ばれ、妻と共通の友人もできた。

「孫が寝ている間、保育園の連絡帳を書き、家の掃除や料理をする。20時過ぎに長男が帰ってきて、ウチで夕飯を食べて、孫と共に帰宅する。カミさんが“丸投げはダメでしょ”と息子夫婦に掛け合い、土・日・月が“じいじの定休日”というルーティンができていました」

そんな生活が、孫娘が小学校に入学するまで続いた。嫁は朝、保育園に送ること以外は、育児にノータッチも同然だった。

「保育園の迎えをしていると、じいじとばあばの迎えが多い。働いている人が18時に園に迎えにくることは無理なんですよ。孫を預かった人が、ウチにそのまま来ることもありました。リタイア世代の子育て共同体です」

孫は成長するほど、長男に似てきた。そうすると、30過ぎの息子たちも、可愛く見えてきたという。

「長男が帰りがけに好物を買ってきて、それをつまみにカミさんと3人で酒を飲んだり。孫の世話を通じて、カミさんの愛情の深さを再確認したり。孫は家族のかすがいだと。息子は私に、実のある親孝行をしてくれた。それに引き換え、私は亡くなった両親に、全く親孝行をしていなかった。お金を渡して親孝行、ではないんですよね」

しかし、孫娘が2年生になり、中学受験への挑戦が始まると、交流は絶たれた。

「嫁は地方出身で苦労しているから、絶対に中高一貫の名門校に入れたいと、鼻息が荒い。孫を進学塾に入れたんです。また、文武両道がいいと、サッカークラブにも入れた。“じいじのところに行くと、甘えて帰ってくるから、会わないでほしい”と面と向かって言われました」

母親からそう言われてしまえば、祖父は反論のしようもない。紀雄さんは孫娘を育てていたのは宝物のような時間だったと割り切り、かつての計画通り、ゴルフや旅行を妻と共に楽しむようになっていた。

そんなある日、長男から「離婚した」と報告があった。息子の方から離婚したいと申し出たのだという。嫁が親権を持ち、孫娘に会う機会はほぼなくなった。

【女性の言いなりだった息子が、離婚した理由……その2に続きます】

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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