美術館にはいろいろなタイプの作品が展示されています。絵や写真など平面の作品、彫刻や現代アートなど3次元の作品もありますし、最近では映像やパフォーマンスをアートとして見る機会も増えてきました。今回は、そのなかで、もっとも初心者の方がアートとしてイメージしやすい「絵画」の楽しみ方をご紹介します。

絵画は2次元の芸術です。紙やカンヴァスなど、平面状の素材の上に描かれています。つまり、そこに何が描かれているか、それだけを気にかければいいわけです。複雑な3次元の形や動きを伴う作品などにくらべると、どこに意識を向ければいいのかわかりやすい分、親しみやすい分野であるといえるかもしれません。

そこで、今日からできる鑑賞の工夫としておすすめしたいのが、「色」に注目して作品を見てみることです。

ところで、みなさんは「カラーバス効果」という心理学の用語をご存知でしょうか?「今から30秒間、あなたの周りで目に入ってくる赤いものを探して下さい」と言われると、それまで意識していなかったのに、急に周囲の風景の中にある赤いものにどんどん気づくようになります。赤く見えるものだけが特に目立って認識できるよう、あなたの脳が働きはじめるわけです。

これと同じことが、美術鑑賞でも期待できます。

たとえば、今日は「赤」に注目してみよう、と決めて展示室の中に入ると、とたんに「赤」に敏感になってきます。すると、「あっ、こんなところに赤が使われているな」など、絵の中の「赤」が自然と目立って見えるようになります。

こんな気付きが得られたら、一歩前進です。なぜなら、このような手がかりがきっかけとなって、その日の鑑賞の思い出が心の中に残りやすくなり、満足度が上がるからです。

好きな色を軸に鑑賞してみる

どんな色に注目すればいいのかわからない、という場合もあるでしょう。その場合は、シンプルに自分の好きな色に注目してみるといいかもしれません。筆者は昔からなぜか「緑」が好きなので、絵画作品の中の美しい「緑」と出会えると嬉しくなります。

好きな色が特にない、という場合は、「赤」「青」「黄」の、いわゆる色彩の3原色のうち、どれかひとつに注目してみるのもいいでしょう。なぜなら、これらは、「光の3原色」と呼ばれるだけあって、絵画の中にもっとも頻繁に登場する3色だからです。西洋の宗教画でも江戸時代の浮世絵でも、古今東西あらゆる絵画において見出すことができるでしょう。

画家は、私達が思うよりも多くの色を使っている

さて、こうして「ひとつの色にこだわって見てみよう」と決めて絵画に向き合ってみると、画家は、私たちが思ったよりも多くの色彩をひとつの画面のなかで使っていることに気付かされます。

たとえば、モネの作品を例にとってみてみましょう。

印象派の代表的な画家として知られるモネは、「光の画家」「光の魔術師」とも呼ばれます。彼は、とにかく鋭敏な目を持った画家でした。普通の人たちが一瞬で見逃してしまいがちな光や色彩を感じ取り、それらを絵の中に落とし込んでいく達人だったのです。

クロード・モネ《The Houses of Parliament, Sunset, 1903》ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵
出典:https://www.nga.gov/collection/art-object-page.46523.html

夕暮れに包まれるロンドンの国会議事堂を描いた作品に注目してみましょう。

絵を見てみると、逆光のなかで建物がシルエットのように描かれています。画面全体を丹念に観察していけば、実に多くの色彩が描きこまれていることがわかります。大気の表現ひとつをとっても、夕暮れのオレンジ色を中心に、黄色、紫、朱色など様々な色がまざりあっています。水面の色彩はもっと多彩です。黄色、紫、ピンク、緑、青、オレンジなど、多くの色が使われています。モネは、離れて見たときに、これらの色彩が渾然一体となって調和して見えるよう、計算しながら絵筆を動かしていたのです。

ワインの世界では、よく、料理とワインがそれぞれ味覚や嗅覚を刺激して、絶妙な相性を見せることを「マリアージュ」と呼びますが、モネは様々な色彩を組み合わせて絶妙の「マリアージュ」をカンヴァス上で実現しているわけですね。

あえて「差し色」に注目する見方

ジョン・コンスタブル《Wivenhoe Park, Essex, 1816》ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵
出典:https://www.nga.gov/collection/art-object-page.1147.html

さて、色彩に注目した、ちょっとだけ高度な絵の見方を紹介します。それが、絵の中でアクセントとして使われている「差し色」に注目する鑑賞法です。たとえば、こちらの絵を見てください。

この絵は、風景画の名手コンスタブルによって描かれた、19世紀イングランドの農場の風景です。雲がもくもくと広がり、牛たちがのんびりと牧草を食む、牧歌的な光景が情緒たっぷりに描かれています。ここで、「色」に注目してみると、農村の風景らしく、土の「茶色」、草木の「緑」、空の「青」が目立ちます。

ですが、ここでよく目を凝らして見ていただきたいのが、池に浮かぶ船に乗っている男性です。上着の色が「赤」で描かれていますね。茶色や緑、青が広がる画面の中で、ピリッとしたアクセントになっています。これが「差し色」です。

ジョン・コンスタブル《Wivenhoe Park, Essex, 1816》部分/コンスタブルは、自然風景を描くとき、画面に新鮮な印象を与えるためにワンポイントだけ「赤」を描き入れることが多かった。

この「赤」は何気なくカンヴァス上に置かれた感じもありますが、農村の風景ではあまり見られない、意外性のある色彩です。ですから、絵を見ていくうちに、ふと「違和感」を覚え、無意識に目を引くようになります。この絵では、鑑賞者は、この男性のジャケットの「赤」を起点として、無意識のうちに絵の世界に深く引き込まれていくわけです。

じつは、こうした意外性のある色彩の取り合わせは、私たちも日常生活のなかで取り入れています。ファッションやインテリアを考える時に、メインとなるカラーの中に、少しだけアクセントとなるような異質な色を使うことがありますよね。これによって、個性やこなれた感じが演出できるようになるわけです。

画家がやっていることも同じです。絵のなかで、周囲の色とは異質な、意外性のある色彩をピンポイントで使うことで、画面が少し華やいだり、意外な情趣に富んだ作品に見えてきたり、構図が引き締まってみえたりする効果があるのです。

こうした「差し色」に注目して絵を見てみると、より鑑賞体験が深まっていきます。なぜなら、「差し色」を探すとき、私たちは目線をカンヴァス全体に動かし、隅々まで絵を見ようとするからです。そうなると、絵の前で滞在する時間も増え、いろんな気付きも得やすくなるでしょう。

まとめ

今回は、「色」に着目して絵画を見るための工夫をいくつかご紹介しました。色彩に対してほんの少しだけ意識的になるだけで、あなたの脳が勝手に働き出し、豊かな鑑賞体験をもたらしてくれます。ぜひ、試してみてください。

文/齋藤久嗣

 

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