高学歴で自分に自信がある人も、詐欺被害に遭う可能性が

義夫さんはそれまで特殊詐欺の被害者を、「僕には関係ない」と思っていたと言う。なぜなら、「海千山千のビジネスの戦場を歩いてきた経験があり、そこで培った思考力も観察眼もあるから」だ。

「ホントにそう思っていたんですよ。それに僕は、投資セミナーや副業セミナーには一切行きません。現役時代、一流ホテルの会議室の前を通りかかると、連日のようにその手の詐欺の主催者のセミナーがやっているのを横目で見ていたから。彼らは圧倒的なカリスマ性で、何百人もの“会員”を操っていた。あのカリスマの光を直接見たら、絶対に幻惑されてしまう。だからこそ、手を出さなかったのに、まさかこのタイミングで心の隙を突かれて、50万円も振り込んでしまった」

お金を失ったが、もっと大きなダメージを受けたのは自信だったという。

「自分も情報弱者なんだと認めざるを得ない状況に陥り、一時期そのことばかりをぐるぐると考え、2週間ほど落ちこみ死のうと思ったこともあったんです。恥ずかしくて誰にも言えないので、失敗が頭を巡るんですよ。妻にもがっかりされると思って引きこもっていたら、次女一家が遊びにきたんです。次女はちょっと変わった子なので、“パパが詐欺に引っ掛かったらどう思う?”と話してみたところ、“別に驚かないよ。だって、パパみたいな頑固なエリートがカモられるもんでしょ?”と返してきたんです」

次女はメディア関連の仕事をしており、さまざまな情報を取り込んでいる。義夫さんのように、高学歴でプライドが高い人が詐欺被害に遭うケースを知っていたという。

「さらに次女は、50万円で済んで良かったとも言ってくれたんです。人間って不思議なもので、そう言うことを言われると、自信が回復するというか、立ち上がれるのです。しかも娘は妻にも黙っていてくれた」

次女が詐欺に引っ掛かった父親を認め、それを母親にも漏らさなかったという話は聞いたことがない。多くが「バカじゃないの!?」などとひどい言葉で罵ることが多い。そして、詐欺被害者は心身の不調に陥ったり、認知症を発症したり、最悪、死を選んでしまったケースはごまんとある。そこで、義夫さんに「お嬢さんに怒ったことありますか?」と聞くと、「ない」と即答した。

「会社人間だったから、娘を怒ることにエネルギーを使いたくなかったんですよ。妻任せにしていましたしね。でもさすがに受験期に内部進学を蹴ったときは“このバカ娘”とは思いましたよ。そして現役で失敗し、一浪したときも“なんだかな〜”と思いながらも、何も言いませんでした」

人は自分がされたようにしか、相手に対応できないようなところがある。娘が父に寄り添ったのは、父である義夫さんが、娘が辛いときに寄り添っていたからではないだろうか。

「親子で立場が逆転か! 嫌だな〜(笑)。でも、このときに、もっと娘たちと関わろうと思った。シッターさんやハウスキーパーにお金を出すなら、僕が娘たちからお金をもらい、彼女たちの家の家事をしようと」

義夫さんは、お金を介さない労働が人間関係を壊すことを知っている。だからこそ、娘たちに費用を請求するのだという。

「僕が家事代行を申し出たら、娘たちは喜んでいました。時給は娘割引で800円。詐欺被害に遭ってから、家族の大切さに気づくようになりました。長女の家は孫1人だからいいのですが、次女のところは孫3人。みんな小さいからシッター業は大変ですよ」

スケジュールは家族カレンダーで共有されており、定休日は日曜日。今、月に4万円程度の収入があるという。義夫さんは定年後に、現役世代の娘たちの家庭をサポートするという仕事を得ており、今はそれが喜びになっている。孫の世話をするために、筋トレをしたり、アニメ動画を見たりしている。それが毎日の充実に繋がっていると言う。

定年後に、現役世代の子供をサポートする……共働き時代、そんな働き方、生き方もあるのだ。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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