推しが恋愛をすることは、裏切りなのか
晶子さんが典子さんに本格的に失望したのは、推しの恋愛発覚時の対応だった。
「ニュースに出ていて、“これで典子さんも元に戻るだろう”と思っていたんです。そう思ったのは、私の目から見ても、あれは明らかな疑似恋愛だったから。実際の恋愛とは異なり、安心安全なところから、恋愛を楽しんでいる、むしろ楽しませてもらっているようにも見えました」
推し活はバーチャルな恋愛だ。現実とは異なり、相手に体臭や体温はない。お金や生活の些事も関わらず、直接的に傷つけられることもない。相手を思うだけで、心が高揚し、出演作品に触れ、舞台やイベントに行き、グッズを買うだけで満たされる。
「私は典子さんが、この“失恋”で、“彼は生きる活力だった。これまで幸せだった”と目が醒めると思っていたんです。でも、実際はその逆。典子さんは“裏切られた”と怒り、SNSに裏切られた悲しみ、ファンから巻き上げたお金を返せ、時間を返せ、冗談じゃないと書き込むようになったのです」
晶子さんが「推しが恋愛をすることは裏切りなの?」と質問すると、「そうだよ」と答えたという。
「それに驚いてしまって。何度も言いますが、推しって直接関わってる人ではないわけですよ。実際の夫や恋人が別の人と恋愛をしたら裏切りかもしれませんが、“推し”ですよ!? それを言うと、“アンタみたいな冷徹人間にはわからないでしょ。関わらないで”と言うんです。こっちはアクリルスタンド同伴の飲食、下町の定食店など、さんざん迷惑をこうむったのに」
典子さんは俳優を恨む言葉をSNSに垂れ流しているうちに、人相が悪くなっていったという。
「それまでは、普通のおばちゃんだったんですよ。そのうちに、SNSで“あのファンを潰す”など、バーチャルなケンカまでするようになって。息子さんも引きこもりになったり、ご主人に女性ができたという噂も耳に入ってきました」
何かにのめり込むことはいいことだ。しかし、冷静さを保たなければ、お金もエネルギーも人生そのものも飲み込んでしまう。典子さんは確実に、晶子さんという友人と、老後の生活を失った。その先にどんな道があるのか、もう誰にも分らない。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。