友人を追い出すわけにはいかない
良子さんと会うのは、夕飯の数時間だ。その2時間程度を耐えればいいと思っていたが、一度「嫌だ」というスイッチが入ってしまうと苦痛でしかない。
「豪快なシャワー音や足音も気になるようになってしまいました。そうなると、もうダメ。ドアの開閉音や気配も不快になってくるんです。私の心が狭いからだと反省し、良子のいいところを探そうと思ったんです。いいところはたくさんあり、いないとさみしいとも思うんです」
勤務先で検品落ちしたお菓子を持って来てくれたり、料理上手な良子さんが作る美味しい総菜もありがたかった。なによりも毎月3万5000円の家賃収入をもたらしてくれるのだ。
「それに、もし私が倒れたら救急車は呼んでもらえると思う。亡くなった兄は1回目の救急車は自力で呼びましたが、2回目の救急車を呼ぶことができずに、自宅で死にました。それは嫌だったんです」
それに今、麻紀さんは天涯孤独だ。両親は死に、祖父母もいない。たったひとりの兄もこの世におらず、甥も姪もいない。
「両親も当時にしてはきょうだいが少なく、末っ子です。いとこやはとこに会ったこともないし、親戚がどうなっているのかわかりません。葬式で呼びたい人リストにも入っていませんでした。だから、良子が唯一の身内みたいなものなんです」
その身内は血縁者ではない。手術の同意書や施設に入る時の保証人になる資格はない。
「良子は両親もまだ生きているし、甥も姪もいる。追い出したいけれど、実家も良子を持て余していることがわかり、追い出すわけにもいかない。最初は、二世帯住宅で友達と暮らすなんて理想の老後だと思っていましたが大間違いでした。とんでもないお荷物を抱えてしまった」
麻紀さんのような子供がいない人が、「おひとりさま」として生涯を終えるために、友達と同居を選ぶ人もいる。人と住むことは、さまざまなストレスがつきものだ。コミュニケーション、お金、生活習慣、常識……「こんなことなら、1人がよかった」とばかりに、今後、さまざまなトラブルが顕在化していくのではないだろうか。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。