一人で外に出てしまわないか心配するほどに

秋元さんの話を聞いていても、何か大きなきっかけがあって、奈津江さんの状態が劇的に改善したというわけではなさそうだ。あえて言えば、自然体で、かつ気長に奈津江さんの持つ力を秋元さんが引き出したということかもしれない。がんばりすぎるのでも甘やかすのでもない、絶妙な“操縦”ぶりが効果をもたらしたのではないだろうか。

通院するときも、車いすを使わない。マンションのエレベーターまで歩き、今は2階から1階まで手すりにつかまりながら階段で降りることもできるようになった。

「病院に着くと、職員が車いすを持ってきてくれますが、それを断って歩かせるようにしています。先日は『階段で上ってみるか』と促したら、がんばって上ることができました」

不思議なことに、奈津江さんの状態が悪かったときは10年以上悩まされていた幻視も幻聴もなくなったという。

「母が元気になると、最近また幻視が出てきたんです。この間は『猿がいる』と言い出しました。歩けるようになったので、猿を追いかけて外に出てしまわないか、新たな心配が出てきました」

奈津江さんが自分の力を過信して、一人で外に出かけてしまうのではないかと心配するほどの回復ぶりなのだ。

「入院前に戻ったようです。一時は特養に申し込もうかと思っていたほどでしたが、そうなると今の小規模多機能と縁が切れてしまいます。小規模多機能側としても客を減らしたくないから、なんとか在宅介護を続けてもらおうとがんばってくれたんじゃないかと思います。小規模多機能の職員の皆さんも母のめざましい回復ぶりに驚いていて、改善事例として発表したいとまで言ってくれています。それだけ、年寄りが長期入院すると回復するのは難しいということなんでしょうね」

コロナ禍で病院がブラックホール化している、と前回「親の終の棲家をどう選ぶ?虐待を疑われた息子のその後(https://serai.jp/living/1092785)」で書いたが、奈津江さんの衰えを病院のせいだと責めたり、コロナ禍の不運を嘆いたりすることなく、淡々と受け入れて、今できることをするという秋元さんの姿勢に胸を打たれた。もちろん奈津江さんのことを思いやる気持ちは強いが、それが過剰な愛情になるのでなく、本人の力を引き出す方向に発揮された……それは、言うほど簡単ではないはずだ。

さらに奈津江さんは身体機能が回復するにつれて、本来の奈津江さんらしさも戻ってきた。

※小規模多機能型居宅介護:デイサービスを中心に訪問介護やショートステイを組み合わせてサービスを提供し、中重度になっても在宅での生活が継続できるよう支援している。

寝たきりになってもおかしくなかった母【3】につづく。

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

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