日本の伝統的な生活道具、工芸品の取材・執筆に40年以上携わり、漆器を中心とした生活道具を扱うギャラリー「スペースたかもり」を運営する高森寛子さん。そんな高森さんが年齢に合った暮らし方や、美しく使い勝手のよい生活道具について伝えている著書『85歳現役、暮らしの中心は台所 生活道具の使い手として考えた、老いた身にちょうどいい生き方と道具たち』から、85歳の今、おすすめする生活道具についてご紹介します。
文/高森寛子 写真/長谷川潤
今の私が頼りにするのは琺瑯製品
私は変わらずにずっと野田琺瑯の琺瑯製品を愛用している。後期高齢者としては日々の健康、特に衛生面が気になる。その点でも琺瑯製の鍋は安心。ちょっと楽がしたい私は琺瑯を全面的に信頼して、少し鍋に残ったものなどは冷めたらそのまま冷蔵庫に入れる。次の日は冷蔵庫から直接ガス台へ。直火でゆっくり温めると、残り物も、またおいしくいただける。
琺瑯製品は片付けも楽なところがいい。つるんと洗えて、つるんと拭ける。火元のそばに置いておけばすぐ乾く。いつの間にかの少々の傷や欠けはそのまま使い続けてよいそうだ。
鍋ごと冷蔵保存できる琺瑯鍋
約20年前、野田琺瑯の乳白色の製品が出てきたときは衝撃だった。それまでの琺瑯製品は色がつき、花の模様などが付いているものが多かった。無地の琺瑯なら私だって暮らしのなかに取り入れたい。
取材開始。琺瑯の台所道具としての利点も理解し、これもまた職人仕事だと思った結果、琺瑯製品の魅力を書いてきた。そのころの紹介文を読むと、自分でとったふたり分の出汁を琺瑯容器に入れて冷凍するといったマメなことを書いている。が、今は、通販の出汁パックを利用。高齢になり手を抜くことを覚えたが、この2年半の間は毎晩、上の写真手前にあるミルクパンで味噌汁をつくっている。この大きさが夫婦で飲み切るのにちょうどいい容量なのだ。味噌汁は香りも楽しみたい。だから翌日まで持ち越すことはしない。
大きな両手鍋は鶏団子鍋や野菜スープを大量につくるのに重宝。少しずつ味を変え、3日ぐらいかけて楽しむ。量が減ったら小ぶりの琺瑯鍋に移し替えて、冷蔵庫に入れる。
琺瑯は鉄製なので、冷蔵庫内と同じ温度まで冷えるそうだ。それを聞いて、ますます鍋ごと冷蔵庫に収納することが増えている。
3食自炊派の大きな味方「琺瑯容器」
野田琺瑯の「ホワイトシリーズ」は下ごしらえ、調理、保存を兼ねた台所道具。かつて「スペースたかもり」でも「自在に使いこなすコツ」と掲げて料理のプロからみっちり使い方を教わったことがある。
今は保存容器として重宝している。だが、保存容器の中は数年前とはまったく違う。少し前、まだ忙しくて家でゆっくり料理がつくれなかった時代は、休日に頑張ってつくった総菜類がほとんどだった。
3食を自宅でとる今は、下ごしらえをしたおかずの素のようなものを詰めている。冷蔵庫を開け、それらの組み合わせでその日食べたいものをつくる。
「ホワイトシリーズ」は今ではたくさんの形が出ていて、私もいくつか試した上でスタート当初の四角形を残した。冷蔵庫は四角い箱だから、四角の容器が収まりがいいと思う。
1点、おせっかいなお知らせを。漬物や薬味など、香りの強いものを入れておくと、ポリエチレン製の「シール蓋」に匂いがつく。その保存時には、ふたと身の間にラップを1枚挟むと、匂い移りが少し防げる。
夫婦の新しい気遣いの形「琺瑯ポット」
朝起きて最初にするのがこのポットで薬草茶を煮出すこと。ここ2年ほど前から続けている。夫の体調回復のために薬草茶を飲んでみることにしたのだ。ふたりとも茶の味が気に入っている。それ以上に具合がいいのが、ポットにお茶をつくりおいて、「飲みたいときは、お好きにどうぞ」。我が家の新しい習慣である。
夫が病気を患う前、私の不在時に家でなにを飲んでいたのかは知らない。適当にしていたのだと思う。退院してからは私が声をかけて急須でお茶を淹れていた。夫の体調も回復し、それぞれ好きなように動けるようになったのは喜ばしいことだが、夫が家にひとりのときはどうやら水を飲んでいるらしいと気がついた。そこでお茶をつくり置くことを思いつき、このポットの登場である。琺瑯製品が直火にかけられることはこれまでも述べてきた。ポットとケトルを兼ねたこの商品名は「ポトル」。
これを入手したのは10年ほど前。以後、思い出したように麦茶をつくるぐらいでほとんど使っていなかったが、ときを経て、今では立派な役割を果たしてくれている。
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『85歳現役、暮らしの中心は台所 生活道具の使い手として考えた、老いた身にちょうどいい生き方と道具たち』
髙森寛子 著
小学館
髙森寛子(たかもり・ひろこ)
エッセイスト。ギャラリー「スペースたかもり」主宰。漆の日常食器を主体に年に5〜6回の企画展を開催している。婦人雑誌の編集者を経て、使い手の立場で、日本にあるさまざまな生活動具のつくり手と使い手をつなごうと、数々の試みを行ってきた。雑誌や新聞に生活工芸品についての原稿を執筆、展覧会などもプロデュース。著書に『美しい日本の道具たち』(晶文社)、『心地いい日本の道具』(亜記書房)、『漆の器それぞれ』(バジリコ)などがある。