文/印南敦史

2021年1月、APU(立命館アジア太平洋大学)学長である出口治明さんが脳卒中で倒れられた。面識こそないものの、私にとってもそれは衝撃的なことだった。

なにしろ、日本生命保険相互会社で多くの実績を積んだのちに独立され、ネットライフ企画株式会社(現・ライフネット生命保険株式会社)を設立された人物である。ベストセラーとなった著作も多く、つねに走り続けている印象が強かっただけに、驚きもまた大きかったのだ。

しかし、失語症や右半身麻痺などの重い障害を残しつつも、1年以上の長いリハビリテーション期間を経て2022年3月にAPUに復帰。そこに至るプロセスは『復活への底力』(講談社現代新書)で明らかにされたが、同様に注目したいのが新刊の『「捨てる」思考法 結果を出す81の教え』(出口治明 著、毎日新聞出版)である。

根底には、おもに20代から40代のビジネスパーソンに読んでもらいたいとの思いがあるようだ。しかし、とはいえそれ以外の年代の人間にも響く普遍的な側面をも持っていることは、以下の記述からも察することができる。

「何歳まで働きたいですか?」とは、よくいただく質問ですが、年齢に意味はなく、また年齢は挑戦を恐れる理由にはならないと考えています。人間は、何歳でも人生を輝かせることができます。(本書「はじめに 『得る』ために『捨てる』、そこに気づけば簡単だ」より)

タイトルからもわかるように、「捨てる」ことをテーマに設定し、さまざまなことがらに対する独自の考え方を明らかにした一冊。未来のために“捨てるべきもの”を潔く捨て、その価値を認めることに意義があるのだという。

たとえば人生に後悔はつきもので、「あのとき、調子のいいことを言わなければよかった」と時間を巻き戻したくなるようなことは誰しもが経験しているはずだ。とはいえ時間は戻らないのだから、後悔したところで所詮は時間の無駄。一刻も早くあきらめて、現状を打破する方法を考えるのが賢明だと出口さんは主張している。

たしかにそのとおりだろう。なにしろ人間が生きていくうえでは、人知の及ばない局面が訪れるものなのだから。ましてや年齢を重ねていけばそれだけ、予想外の事態と向き合わなければならない機会も増えてくることになる。

つまり、それは避けて通れないことなのだ。だからこそ、たとえどんな状況に陥ったとしても慌てず、「いったい、なにが起こっているのか」と冷静に現状を把握し、最適解に従って対応することが大切なのである。

その過程においては「あきらめる」必要性が生じることもあるに違いない。「あきらめる」ということばには「望みを捨てる」という意味があるので、そうなると目の前の事態をただ否定的に捉えてしまうことになるかもしれない。だが、実はそこに重要なポイントがあるのだ。

「あきらめる」ことは「捨てる」ことです。いまここに流れ着いてしまったのですから、他のことはあきらめるしか生きる術がない。捨てることで気持ちを切り替え、いまなすべきことを考える。腹が据わるとはそういうことです。(本書29ページより)

この記述が説得力を感じさせるのは、脳卒中で倒れるという、おそらく予想外であったであろう経験が背後にあるからなのかもしれない。

しかしいずれにしても、これはまさしく正論だ。病気であれ事故であれ、あるいはリストラや家庭の不和でさえ、それが起きてしまった以上は、そこから“少しでもよりよく進む”以外にないからだ。いや、そうすることこそがベストな選択だからだ。

そして、いったん決めたら、振り返らない。「見通しが甘かったか」「軽薄な計画だったか」などとくよくよ考えずに、ベストを尽くす。意識を集中すれば、余計なことを考えない分、気持ちに余裕が生まれます。(本書30ページより)

なにより大切なのは、そうやって得られる気持ちの余裕だということなのだろう。もちろん、そこにたどり着くまでの道のりも平坦ではなく、つい振り返って公開したり、過去の失敗を何度も思い出しては苦悩したりしてしまうかもしれない。

だが、そこを乗り越えれば余裕を持つことができるようになり、日常のさまざまなことを新鮮に感じられる。食べたご飯をことさらおいしく感じたり、いい酒を飲んでいい酔い方ができたり、ぐっする眠ることができたり。

だからこそ、「あきらめ」て、そして「捨てる」ことに意義があるのだ。それは、考えなくてもいいことをきっぱりと切り捨て、必要なものだけを得る生き方につながっていくに違いないからだ。

『「捨てる」思考法 結果を出す81の教え』
出口治明 著
毎日新聞出版

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文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)『書評の仕事』 (ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( ‎PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。

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