取材・文/柿川鮎子  撮影/木村圭司

今年4月から一般社団法人AIM医学研究所(The Institute for AIM Medicine, 略称IAM)が本格的に活動をスタートさせました。東京女子医科大学・早稲田大学連携先端生命医科学研究教育施設であるTWIns(東京都新宿区)を拠点として、AIM(Apoptosis Inhibitor of Macrophage)を使ったヒトとネコの新しい創薬に向かって研究を開始しています。今回はIAMの代表理事兼所長の宮崎徹先生に、AIMの可能性について伺いました。

ヒトの認知症薬からネコの腎臓病まで、体のゴミを掃除

――宮崎徹先生が発見されたAIM(Apoptosis Inhibitor of Macrophage)について教えてください。

宮崎先生 AIMは体の中に死んだ細胞や壊れたタンパク質などの体から出るゴミがあると、血液中からそのゴミのある所に行って『ここにゴミがありますよ』と知らせる札のような役割をします。AIMそのものがゴミを食べるわけではなく、マクロファージなどのほかの細胞がやってきて、AIMといっしょにゴミを食べてくれるのです。

このような生体由来のゴミが、どこの臓器にたまるかによって、様々な病気の原因となります。ベータ・アミロイドというゴミが脳にたまるとアルツハイマー病の原因になりますし、細胞のフラグメント(破片)などが腎臓にたまると腎臓病の原因となります。また多くの自己免疫疾患では死んだ細胞が上手く掃除されずに蓄積することが原因となる場合があります。

AIMは血液の中で大量にストックされており、ゴミがたまり病気が起きそうになると活性化して、様々なゴミを、物を食べる性質を持つ細胞(貪食細胞と呼びます)に掃除させる役割を果たします。活性化しても使われなかったAIMは、尿中に排泄されて体外に出てしまいます。したがって、薬として活性化したAIMを大量に投与しても体内に蓄積することはありませんから、副作用はありません。

AIMの役割の解明に約10年

宮崎先生 このように私たちの健康を守るために大きな役割を果たしているAIMですが、その働きが科学的に解明されるまでには長い時間が必要でした。

私は東大の医学部を卒業して5年間、医者として臨床に携わった後、1992年からフランス、そして95年からスイスのバーゼル免疫学研究所で研究をしていました。1999年にマクロファージを死ににくくする働きがあるタンパク質を発見して、最初にAIMと名付けました。しかし、確かに培養皿の上ではマクロファージを死ににくくさせるAIMが、体の中でどのような働きをするのか、いくら実験してもさっぱりわかりませんでした。

普通ならとっくに諦めて、他の研究テーマに移るところですが、「わざわざ血液の中にこれだけたくさん持っているのだから、AIMはきっと何か体の役に立っているはず」という思いだけで、AIMの研究を続けていました。

それまでずっと、専門だった免疫学の視点からだけ研究していましたが、2000年から免疫学の独立准教授として移籍したアメリカのテキサス大学で、これまでとは全く別の視点から研究をしてみたことがきっかけとなり、AIMはどうやら、肥満や脂肪肝など、生活習慣病に関連していることが分かったのです。脂肪細胞や肝臓に過剰な脂質が蓄積すると、それを抑えて病気が悪化しないようにすることが明らかになりました。

2006年に医学系研究科教授として東大に戻り、さらにAIMの研究を続けると、生活習慣病だけではなく、がん細胞を除去したり、腎臓にたまる細胞の破片や炎症を起こすタンパク質などを掃除することによって、脂肪肝から生じる肝臓がんや急性腎障害に対して治療効果があることが次々と分かりました。

そんな時、獣医の先生との何気ない偶然の会話から、ネコに腎臓病が多発するのはネコのAIMに大きな原因があることを突き止め、急性腎障害についての論文をNature Medicine誌に発表したのと同じ2016年に、ネコの腎臓病に関する論文を発表しました。

その内容は、ネコでは遺伝的にAIMが活性化せず、腎臓の中にたまった細胞の破片などのゴミが掃除されず、慢性的な炎症が進行し、ほとんどのネコで腎臓が壊れ、致死的な腎臓病になってしまう、というものです。「トイレの配水管が詰まりっぱなしになってトイレ全体が壊れてしまうようなもの」とよく説明していますが、AIMはそのトイレの詰まりを解消してくれるわけです。

老化防止にも大いに役立つAIM

――体中のゴミを除去できたら、老化防止にも役立ちそうです。

宮崎先生 寿命を延ばすためには、2つの戦略が考えられると思います。1つ目は、なるべく病気にならないようにする、もしくは病気になったらその都度根本的に治癒させること。病気で亡くならなければ、当然寿命は延びますよね。2つ目は全く病気にかからなかった場合に生きられる年月、すなわち本来の寿命を延ばすことです。

よく言われることですが、人間は健康で全く病気にならなければ125歳ぐらい生きられると考えられています。例えば定期的にAIMを薬として使って、体の中にゴミがたまりにくい状態にしておけば、多くの病気を予防することができ、寿命を延ばすことはできるはずです。またトイレの例えで恐縮ですが、とくに詰まっていなくても定期的に水を流しておけば、トイレはいつまでも綺麗なのと同じことです。

また、加齢とともに、色々な臓器にゴミがたまることによって、臓器の機能が劣化することが老化の特徴の1つであるとすれば、AIMによって常にゴミを掃除していれば、いわゆる老化も防げるかもしれません。

その意味では、体に元々持っている自分のAIMを定期的に活性化させるサプリメントによって、老化や病気を予防し、ゴミがたまって病気になってしまった場合にはAIMを薬として外から投与し病気を治療する、という両方のアプローチによって、健康で質の高い生活が生涯保てるかもしれません。

自分のAIMを活性化させるサプリメントの原料は、すでに良いものが見つかっていて、ヒトに先駆けてまずネコでフードとして製品化されました。今年の3月に、ネコ用ドライフード(マルカン)、9月におやつのちゅ~る(いなば食品)にその成分を配合して発売されています。3月のドライフードの発売以降、予想以上の効果に喜んでくださるユーザーからのメールがたくさん寄せられています。

カラヤンに憧れ、指揮者を目指したこともある宮崎先生。「私は常に船の舳先に立っていたい。後ろを振り返りたくない」というカラヤンの言葉が好きだという。

――寿命を延ばすAIM、創薬の課題は何でしょうか?

宮崎先生 現在、AIMヒト薬の創薬研究も行っていますが、化学合成できないタンパク質薬ですから、培養細胞にAIMを作らせて、その培養液から純度の高いAIMを精製せねばなりません。すでに方法論の確立している抗体医薬と異なり、生産性の高い培養細胞の確立やその培養法、培養液からの精製の条件など、ほとんど手探りで作り上げていきます。

AIMの場合、1リッターの培養液からたった1グラムの純度の高いAIMを抽出するために、色々な実験条件を検討しながら四苦八苦しています。当然時間もかかります。しかし先行してAIMネコ薬の開発を行ってきましたから、その過程で得られた実験結果がヒト薬開発に大いに役立っています。ただ、薬が完成しても、それを世に出すまでには、その薬の臨床試験や認可のための申請、審査、とその後も膨大な時間と労力、コストが必要となってきます。

――ネコの腎臓病治療薬は長い間、飼い主たちの悲願でした。3頭に1頭のネコが腎臓病で亡くなってしまうからです。

宮崎先生 ネコ薬開発は5年前から開始していましたが、コロナ禍の影響で開発研究を一時中断せねばならない事態となりました。たまたま、その状況も含めたAIMに関する記事が、21年7月に時事ドットコムで配信されたところ、多くのネコの飼い主さんが薬の開発を続けて欲しいと、私たちの研究に寄付をしてくださいました。

ただ、病気の研究や薬を作る研究で寄付を募ると、往々にしてその病気で苦しんでいる患者さんや関係者の方々に、過度な期待を抱かせてしまうことにつながりかねないので、私はこれまで、クラウドファンディングのような寄付を募る行為を自分からはしておりませんでした。

そのため、ネットで記事を読まれたネコの飼い主さん達は、寄付したくてもどこに寄付したらいいのかわからないという状態だったようです。しかしどなたかが東京大学として寄付を受け付けている「東大基金」を見つけて、ここに宮崎先生の研究のためにと書き添えて寄付すればいい、という情報がネットで拡散された結果、時事ドットコムの記事配信後にはひと晩で何千件もの寄付が集まるという信じられないようなことが起こりました。

しかし、そもそも寄付を募集していない私はそのことを全く知らず、翌朝、大学に行ったら、東大基金の事務から「大変なことになっている」と電話がかかってきました。結局1週間で約1億円、最終的におよそ2億8千万円近くの寄付が集まり、一種の社会現象のようなムーブメントとなりました。

ご寄付の金額もさることながら、このようなムーブメントが起こることによって、これまで一緒に開発することに二の足を踏んでいた製薬会社にも、複数から手を挙げていただき、ネコ用もヒト用も、治療薬の開発が大きく前進しました。

一方で薬の開発研究は一歩一歩、丁寧に細心の注意を払いながら、基礎データを積み重ねて進めていくべきものですので、こうした大きなムーブメントにも浮かれることなく、淡々と研究を進めるように、意識して自らを戒めています。

概して基礎研究というものは、学会発表や論文で評価されるもので、一般の方々から評価されたり応援されたりということはほとんどありません。今回のことで、私たちのAIM研究が、いかに世間の方々に期待されているのかということを初めて実感することができました。それと同時に大きな責任感を痛感しました。それが、私がAIMの創薬開発を加速するためにIAMを立ち上げることを決めた大きな理由の一つです。

AIMが他の薬と違って優位な点とは

――AIMはこれまでの薬とは何が違うのでしょうか?

宮崎先生 AIMの作用機序が分かってくればくるほど、AIMの効き方、病気の治し方は東洋医学的であるように感じます。ある病気のあるメカニズムに集中してピンポイントに治療するのが西洋医学の基本概念であるとすれば、東洋医学は体全体を治していく、というコンセプトですね。音楽で言えば、オーケストラ全体の響きを整えて美しいものにすると言えますでしょうか。体から様々なゴミを掃除することで、多くの病気を同時に制御して体全体を健康に保つというAIMの作用は、まさに東洋医学のそれに似ています。

代表的な東洋医学といえば漢方薬ですが、これは言ってみれば中国三千年の歴史の間ずっと治験されてきたようなものですから、効くものしか残っていないはずです。しかし、なぜ、どのようなメカニズムでその薬が効くのか、という点に関しては不明なものがほとんどです。というより、そもそも経験則に基づいているものですので、どうして効くかのメカニズムについてはあまり関心が持たれなかった、重要視されなかったのだと思います。

私たちの研究は、漢方的に作用をするAIMについて、最先端の西洋医学の研究技術を最大限に用い、その作用メカニズムを徹底的に解明した上で、西洋医学の薬として開発するもので、そのような意味で、東洋医学と西洋医学をつなぐ研究であると言えるのではないでしょうか。

また、このように東洋と西洋の両方の側面を持つ研究は、やはり東洋人でありながら西洋の文化を抵抗なく受容・発展できる日本人にこそ、うってつけではないでしょうか。私は、科学者としてのキャリアの大部分をヨーロッパとアメリカで積み上げてきましたが、AIM研究、AIM創薬を日本で、日本人の仲間たちと完成させることにこだわる理由はそこにあります。

2020年12月に愛猫のまるちゃんを亡くされた学生時代の恩師・養老孟司先生も、AIMについては興味を持ってくださいました。対談をまとめた「科学のカタチ」(時事通信社発刊、定価1500円+税)で、養老先生も「多くの科学者が、西洋の科学と性根の合わなさを感じている」と語ってくださっています。AIMはその西洋と東洋の懸け橋になり得るものと考えています。

まずはネコの腎臓病治療薬を一日も早く世に出すことを目指しますが、ヒト用のAIM創薬もそれに続いています。ヒト薬の完成までにはさらに多くの困難があると思いますが、みなさんがAIMを認知していただき期待を込めて応援してくだることが、私たちにとって最大の励みとなります。多くの方々にAIM研究の今後の発展を見守っていただけたら嬉しく思います。

インタビュー
宮崎 徹 (MIYAZAKI Tōru)さん
1986年東京大学医学部医学科卒、医学部附属病院第三内科に入局。熊本大学大学院を経て、92年よりパスツール大学(仏ストラスブール)研究員、95年よりバーゼル免疫学研究所(スイス)主任研究員、2000年よりテキサス大学(米ダラス)にて免疫学准教授、06年より22年まで東京大学大学院医学系研究科教授を歴任。
22年4月より一般社団法人AIM医学研究所(IAM)を発足し代表理事・所長に就任。1999年にAIMを発見し、その後研究を発展させ、現在腎臓病を始めとする多くの疾患に対するAIM創薬を推進している。その間に、ネコでは先天的にAIMが機能不全であることを見出し、ネコの腎臓病を標的としたAIM動物薬も開発中である。

※文中の「宮崎」の「崎」は正しくは「たつさき」

取材・文/柿川鮎子 明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。

撮影/木村圭司

 

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