文/柿川鮎子
動物病院とペット保険による調査では、犬・猫の誤飲件数は、全国で約20万件以上ともいわれます。どの動物病院でも、平均して月に1件以上は誤飲で来院するペットがいる計算です。飼い主さんにとって、よくある飼育トラブルのひとつなので、ペットの命を守るためにも、見直すきっかけにしていただけたらと思います。
この誤飲事故、特に寒い時期に多いのが特徴だと、ひびき動物病院院長の岡田響先生は警告してくれました。クリスマスやお正月、バレンタインといった、食べ物や家族が揃うイベントが関係すると、動物病院では誤飲に関する問い合わせが増えます。「家庭で美味しそうなごちそうが増える時期でもありますし、いつもとは違うニオイがして、うっかり目を離した隙に食べられてしまうことも多いようですね。また、バレンタイン前後はチョコレートを食べてしまって、どうしたらよいかという相談を受けることも、多くなります」と岡田先生。
「うちの子〇〇を食べちゃったんですが、先生、大丈夫ですか?と、よくお問い合わせを頂きますが、そういう状況の時に、自信をもって『それは大丈夫です!』と 答えられるケースは、残念ですが、ほとんどありません」と岡田先生も残念そう。飼い主さんも心配だからこそ動物病院に問い合わせるのでしょうが、誤飲の場合、やはりすぐに病院に駆けつけなければならないケースが多いようです。
■異物か急性中毒かで処置が変わってくる
ペットの誤飲に関しては、ひもや靴下、ボールのおもちゃなどの「異物」と、ヒトの医薬品や殺虫剤などの化学物質や薬品による「急性中毒」の二つに分類されます。
消化管「異物」の対応として、犬や猫では吐かせる処置が選択されるケースがあります。人間の赤ちゃんの場合は、薬を使って吐かせる処置はほとんど実施されないようですが、ペットの場合、異物に対する催吐薬は比較的多く使われます。日本発の研究論文や文献も最近、発表されていて、獣医さんの間では普通に行われている対処方法の一つです。また、ボールを飲み込んだ場合などは、内視鏡も多く使われるようになりました。
非常に大雑把ですが、口から入った食べ物は、便として体外に出るまでに、犬猫では約1日かかります。食べて数時間後までの、胃の中にまだ食べた物が残っている時であれば、吐かせる処置を行うことで異物なら先に流れることなく、毒物なら体に吸収される前に取り出すことができるかもしれません。
しかし、これも胃の中にとどまっている時にしか効果を得ることができません。また、胃の中で消化・吸収されてしまった後では効果は薄くなってしまいます。飼い主さんの目の前で食べたのであれば、消化・吸収までの時間も測定できますが、たいていの場合はいつ食べたのかわかりません。薬が十分に効果を発揮するかどうかは、実はあまりよくわからないケースがほとんどなのです。
■誤飲で助けられるかどうかは時間との勝負
また、猛毒になる中毒物質を食べてしまうと、吐いて出したとしても、その後に体調を崩して亡くなるケースがほとんどです。誤飲に関しては万能薬は無い、と考えた方がよさそうです。
「異物による腸閉塞で手術や内視鏡で摘出しないとダメなものや、急性中毒になるチョコレートのように、あっという間に溶けてしまうもの、ユリの花のように猛毒となるものに関しては、助けるためにはとにかくスピード勝負となるわけです。ともかく、すぐに電話をして、病院に行った方がいいです。時間との勝負です」と岡田先生は言います。
■飼い主だけが誤飲事故を防ぐことができる
「家庭では“誤飲を防ぐ仕組みづくり”をすることが重要です。お部屋の中にはなるべく、危険なものを置かずに、モノは棚や引き出しに保管する仕組みをつくってしまうのです。ペットは食べては危険かどうか、判断はしない&できないと考え、飼い主さんが管理するのが一番です。不幸な事故で命を奪われないように、守ってあげるためには、飼い主さんの力が必要なんです」。
誤飲事故を防ぐたった一つの有効な手段は、飼い主さんが誤飲する危険のあるものを、部屋に置かないこと。ヒトの小児の異物誤飲は、「コイン」や「電池」「おもちゃ」など家庭内のものが多く、中毒物質は「タバコ」、そして「医薬品」と「化粧品」です。一方、ペットの場合、異物は「ひも」「靴下やタオル」「果物の種」「ボールやプラスチック」などで、中毒物質は「殺虫剤、除草剤」「観賞用ユリ」「ヒトの医薬品」「チョコレート」となっています。こうした異物や中毒物質をペットのいる部屋に置かないようにしましょう。
ひびき動物病院では、灰皿のお水を飲んで吐いてしまった犬が来院されたそうです。飼い主さんはまさかそんな水を飲むとは思わなかったと悔やんでいたとか。また、イヤフォンを食べてしまったルーシーちゃんは飼い主さんがすぐに見つけて、病院に連れて行った結果、一命をとりとめました。ペットは思いもよらないモノを口にしてしまうので、“誤飲を防ぐ仕組みづくり”は岡田先生のアドバイス通り、徹底させたいものですね。
「私の病院も24時間対応ではありません。夜中の診察ができる病院はなかなかありませんが、いざという時にはまずはかかりつけの先生にすぐにご連絡ください。そして、万が一の時は、夜中でも行ける病院を調べておくと、緊急の時に慌てずにすむかもしれません」と岡田先生。まだまだ寒い季節は続きます。ありふれているけれど危険なペットの誤飲事故を防ぐために、もう一度、お部屋の中を見渡してみてはいかがでしょうか。
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取材協力/岡田響さん(ひびき動物病院院長)
神奈川県横浜市磯子区洋光台6丁目2−17 南洋光ビル1F
電話:045-832-0390
http://www.hibiki-ah.com/
文/柿川鮎子
明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。