お金がないのは恥ずかしいのか?
幸いにも医院は後進に譲ることができ、ステイホーム期間中にさまざまな精算を終えた。その後、自由に使えるお金は少ないものの、老後費用としては十分な金額が手元に残った。
「家も売ったんです。私は子供たちのためにも実家は残してあげたいと言ったのに、主人が“老人が住むには防犯上も危険だし、家の寒暖差もすごい。それに維持費がかかりすぎる”って。毎月の光熱費は5万円を超えていましたし、庭の手入れをする人も入れなくちゃいけなかったので。とはいえ愛着もあったのに……。上物はお金にならなかったけれど、土地が売れ、そのお金でさらに郊外の駅前の2LDKのマンションに住み替えました。ずっと地面に近いところで生活していたし、ご近所さんとのつながりも断たれて、寂しかったですよ」
終活のすべてが終わったときに、「コロナがどんなものか」が知られるようになったころ、杏奈さんと百合さんから誘いが入る。
「交通費6万円、食事代4万円というような旅行だったんですよ。今の私にはもうできませんよ。でも、お金がないことを理由に断るのはとても恥ずかしい。察してほしいですよね。引っ越した話をしたときに、もうそんなお金が家にないことをやんわりと伝えていたのですが、“ホントに予約が取れないから行こうよ。今行かないと次は3年後だよ”などと言う。自由に使えるお金がないと気持ちが滅入って、私も行く気にはならないんですよね。それに、夫が仕事を引退して家にいるでしょ? なんとなく出にくくなっちゃったし、娘のところに孫も生まれたし……」
そこで、家族のケアを理由にやんわりと断る。「行けないけど、写真を楽しみにしているね」などと社交辞令を添える。
「すると、ホントにメッセンジャーで写真が送られてくるんです。あれは迷惑ですよ。先日なんて、ライブ配信の通知が来て、2人がどこかの素晴らしく風景がいいところで、おそばを食べ、観光地を巡り、地元の人と交流して、夜は花街で遊んでいる配信がされる。私も“わ~楽しそう!”などと答えてしまうんです」
彼女たちは善意でやっているのか、うらやましがらせたくてやっているのか、わからない。
「都内でランチをするときは、普通なんですけれどね。そのランチも、1回5万円。前の家の光熱費だと思えばそのくらい払えますけれど、やはり節約したい。でも、彼女たちが私と過去を繋げる唯一の糸みたいなもので、切るのも嫌なんです」
よく「金の切れ目が縁の切れ目」と言う。同等の経済条件を維持することもまた、そこに含まれるのではないか。現代社会は、目に見えないステイタスが明確に存在する。利恵さんは夫の引退を機に、ステイタスを下げざるを得なかった。
友情は、財布の大きさ、社会的地位が似たような人同士しか維持できないという暗黙のルールがある場合もある。ことなかれ主義でフェードアウトするのか、それともすべてを告白し自身の気持ちや限界を友人に打ち明けるのか……。友情を維持するための環境の変化は、人間力の試金石なのかもしれない。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)、『週刊朝日』(朝日新聞出版)などに寄稿している。