文/柿川鮎子

コロナ禍での感染対策により、病院内で子どもを対象にしたボランティア活動が激減しています。入院中の子どもと母親や兄弟など、家族との接触も厳しく制限されている病院が多く、長期療養中の子どもたちにとっては、長く孤独な戦いを強いられています。

そんな中、入院中の子どもとご家族を支える動物介在療法、ファシリティドッグ・プログラムがこのほど国立成育医療研究センターに本格導入されました。療養中の子ども達にとって、ファシリティドッグの存在は大きく、優しく寄り添ってくれる犬はストレスを和らげ、孤独を癒し、生きる希望となっています。

訓練された犬の大きな効果

ファシリティドッグ・プログラムは病院で活動するための専門的なトレーニングをつんだ犬・ファシリティドッグと、犬を扱う専門職ハンドラーになるための研修を修了した看護師などの医療従事者がペアとなり、入院中の子どもとご家族を支える動物介在療法です。

小児がんなど重い病気の子どもたちを支援する認定NPO法人シャイン・オン!キッズ(理事長キンバリ・フォーサイス氏 https://ja.sokids.org/)が全国のこども病院に派遣しています。

国内では2010年1月に、静岡県立こども病院に初めて導入され、神奈川県立こども医療センター、東京都立小児総合医療センター、そしてこのほど導入が決まった国立成育医療研究センターの4つの病院で活躍しています。

ファシリティドッグは病院など特定の施設で、職員の一員として活動します。特に入院している子どもたちに寄り添う「心のケア」が得意です。辛く苦しい検査に寄り添い、経口摂取や内服の応援、歩行訓練などのリハビリや採血等の付き添いなどを行なっています。

パニックを起こさずに麻酔導入が可能になるなど、ファシリティドッグの効果は大きいのですが、具体的な数値で表すのが難しいのが現状です。しかし、実際に導入した病院スタッフからは、「前向きに治療に取り組めるようになった」など、その成果が高く評価されるようになってきました。

小児がんの薬の中にはとても苦い薬があり、それを飲むのが嫌なお子さんが大勢います。ところが「一緒に飲もう」とファシリティドッグがサプリメントを飲むと、大抵のお子さんは一緒に飲むことができるのです。

長期的に子どもたちの心のケアをしてくれる

特にコロナ禍で、外部との接触を制限されている子ども病院では、ファシリティドッグの活躍が注目されるようになっています。

ファシリティドッグは病院など毎日同じ施設に勤務し、その施設での個々のニーズに合わせた活動を行なっています。時々訪問して短時間、犬と触れ合うのではなく、多くの時間を同じ犬と繰り返し過ごしている点が、他のセラピードッグ等と異なります。

ファシリティドッグとハンドラーは勤務する病院のスタッフの一員であり、患者との交流などを業務として行なっています。子ども達とファシリティドッグは、一緒に病気を戦ってくれた仲間として、より密接な関係を築くことができるのです。

子ども達にとって大きな支えとなるだけでなく、家族、特に母親からも大きな期待を寄せられています。ある母親は手術室に向かう息子を見送っている時、手術室の中までファシリティドッグが一緒に入っているのを見て涙が出たと言いました。

「私はあのドアの中に入って励ますことはできませんが、ファシリティドッグがうちの子に寄り添ってくれました。ぷりぷりと尾を振りながら一緒に手術室に入っていく姿がとてもありがたく、手を合わせているうちに、いろいろこみあげて泣けてしまいました」。

熊谷昌明医師の名前が由来に

国立成育医療研究センターには、医療的ケアを必要とする子どもとその家族を支援する、医療型短期入所施設「もみじの家」が併設され、ファシリティドッグのマサは病院と入所施設の二か所で活動します。

オーストラリアで生まれたマサはラブラドール・レトリーバーの雄で、シャイン・オン!キッズによって試行的に国内で初めて育成され、国立成育医療研究センターに配属が決まりました。

ファシリティドッグ、マサ
ファシリティドッグ・ハンドラーの権守礼美(ごんのかみあやみ)さんとラブラドール・レトリーバーの男の子マサ

マサという名前にはNPOシャイン・オン!キッズ理事長キンバリ・フォーサイス氏の特別な思いが込められています。

理事長の息子のタイラー君が、生後約1か月のころから約2年に渡って主治医を務めていた、国立成育医療研究センター固形腫瘍専門医長の熊谷昌明医師でした。キンバリ理事長がタイラー君亡き後、基金を設立して病気の子どもたちのために活動したいと考えた時、相談に乗ってくれたのが熊谷医師でした。以後、いろいろな側面で、活動をサポートしてくれたのです。

2012年に熊谷医師は逝去されましたが、子ども達のために生涯を捧げた熊谷医師の功績を称え、ファシリティドッグにマサと名付けました。その後、マサは国立成育医療研究センターで活躍することが決まったのです。

キンバリ理事長は団体設立にあたってこんなコメントを発表しています。

“ほとんどのがんの子どもは、常に苦痛にさらされているというわけではありません。治療の間中、彼らは何とか生活を楽しもうと本当にあらゆる努力をしています。でも、病院では時がゆっくりと過ぎていきます。気晴らし、ちょっと寄りかかれる肩や希望のひとかけらが支えなのです。

健康な3歳の子どもでも、新しいおもちゃや初めて行く場所には大喜びします。ひとつの病棟にこもりっきりの子ども、化学療法を受けてベッドから出られずにいる子ども、単調な日々を送る彼らにとっては、ほんの小さなことが刺激や喜びになるのです”

コロナ禍で、健康な大人であっても閉塞感の中で日々暮らしています。苦痛を伴う治療を続けている子どもであれば、なおさら、希望が必要です。キンバリ理事長が言う「気晴らし、ちょっと寄りかかれる肩や希望のひとかけら」が今、求められています。

とはいえ、ファシリティドッグはハンドラーからの約100の指示を理解し、絶対に子どもを傷つけない特別な訓練を受けなければなりません。維持のためには年間約1000万円ものコストが必要です。

国立成育医療研究センターでは、年間1000万円かかるファシリティドッグの費用を、全て寄付で賄っています。国立成育医療研究センターのサイト(https://www.ncchd.go.jp/donation/application.html)また、併設された医療型短期入所施設・もみじの家のサイト(https://home-from-home.jp/donation/)に詳細が掲載されています。マサが多くの子ども達に希望を与えてくれるよう願ってやみません。

ファシリティドッグとハンドラー

文/柿川鮎子 東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。

 

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