取材・文/坂口鈴香
「親の介護は突然はじまる」とよく言われるが、その原因の多くが脳卒中だ。
脳卒中とは、脳に血管が流れなくなることによって、脳の神経細胞に障害が起き、半身のしびれやマヒ、言語障害などの症状が現れる。脳の血管が詰まる「脳梗塞」、破れる「脳出血」「クモ膜下出血」などがある。
「親の終の棲家をどう選ぶ? 万全だった親の在宅介護の失敗――介護福祉士の自問」(https://serai.jp/living/1023388)で登場してくださった篠文代さん(仮名・54)は、父親が脳梗塞で倒れたあと、リハビリ病院でのリハビリを経て、在宅介護をすることになった。
脳卒中の場合、程度の差はあるが半身にマヒが残ることが少なくない。自宅で脳卒中の後遺症の残る親を介護する際、住宅改修や介護ベッド、ポータブルトイレの設置などが必要な場合は、介護保険を利用してケアマネジャーや事業者と相談しながら進めることになるが、それ以外にはどんなものを準備すればよいのだろうか。介護歴15年の介護福祉士でもある篠さんと、リハビリ病院に勤務する看護師吉田さんに、自宅環境の整え方について聞いてみた。
自宅介護で準備するもの
篠さんが父親を自宅で介護するにあたり、準備した主なものは以下のとおりだ。
・前開きの肌着やパジャマ
・介護用の食器
・マヒした腕を釣るための三角巾、サポーター
・褥そう予防のために、足の下に置くクッション
では具体的にどんなものが良いのだろうか。
●肌着やパジャマ
・ボタン式の前開きか伸縮性のある素材のものを
「腕の可動域が十分あれば、前開きのものでなくてもいいのですが、前開きが着脱しやすいと思います。マジックテープを使ったものも売っていますが、マジックテープは洗濯するうちに粘着力が弱くなるので、大きめのボタンがついたものがおすすめです。前開きでなくても伸びる素材なら、介護される人にも介護する人にも便利です。介護用品は高いので、量販店にも手頃な値段で使いやすいものが売っていますよ」(介護福祉士・篠さん)
「マジックテープはすぐに壊れるし、洗濯するとゴミもつきやすいので、おすすめしません。ボタンで前開きのものがいいですね。また前開きでなくても、よく伸びるTシャツもおすすめです。Tシャツだと本人が頭からかぶることができます。すべて介護者が介護しやすいものをそろえるのではなく、本人にとって少しやりやすいというくらいが、リハビリという視点からもいいですよ」(看護師・吉田さん)
●食器
・状態によって適したタイプを
「いろいろなタイプがありますので、その方の状態によって選ぶといいと思います。たとえばコップは、持ち手の下部が開いていて手指を通せるタイプ、蓋つきのストロータイプなどがありますが、通常のコップでも大丈夫な方もいます。色は、飲み物が入っているのがわかるようなものが良いですね。私は、お茶なら白いもの、牛乳なら濃い色のものというように使い分けました。茶碗も同様で、父は下部が開いた持ち手がついたものを使っていました(介護福祉士・篠さん)
「片手しか使えない方だと、片方が深くなっている皿や、握りやすいスプーン、ランチョンマットがわりに、滑らないゴムマットなどがあればいいですね」(看護師・吉田さん)
●三角巾、アームカバー
・ブラブラするマヒには三角巾を
「腕がマヒしてブラブラしていたうちの父には、腕を釣るために三角巾が必要でしたが、そうではない方には不要だと思います」(介護福祉士・篠さん)
「ブラブラするというのは、『弛緩マヒ』という状態で、その後、固まってくる痙性マヒへという経緯をたどります。弛緩マヒのときは腕をぶつけやすいので、三角巾のような腕を釣る用具があるといいですね。特に、出かけるときには使った方が良いと思います。それから、高齢の方はぶつけるとアザができやすいので、アームカバーやレッグウォーマーがあるといいです。アームカバーは日焼け止め用に売られているもので代用できます。また高齢の方は皮膚が薄くて弱いので、介護者が触るだけで裂けてしまうこともあります。ですので、マヒがなくてもアームカバーはつけておくといいです」(看護師・吉田さん)
●クッション
・使い方に注意が必要。介護の専門職に相談
「父の場合は褥そう(床ずれ)ができそうだったのでクッションを用意しましたが、褥そうがなければ必要ありません。また、良かれと思って敷いたクッションの位置が悪くて、逆にそれが褥そうをつくるという場合もあります。クッションにもいろいろありますので、ケアマネジャーなどの意見を聞いて利用してほしいと思います」(介護福祉士・篠さん)
●ベッド・トイレ
「ベッドには柵をつけましょう。100均ショップなどで、柵にカゴをつけてリモコン入れやゴミ入れにするなど工夫している方もいます。トイレにはバーをつけるといいですね。これらはケアマネジャーに相談すれば、介護保険でできる範囲を教えてくれます」(看護師・吉田さん)
●浴室
「浴室には滑らない介護用のいすを、浴槽内にはゴムマットを敷くといいですね」(看護師・吉田さん)
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脳卒中の後遺症によって介護が必要になったといっても、その状態はさまざまだ。その人に合ったものをケアマネジャーなどに相談して選んでほしい。
その際、看護師の吉田さんが衣類の選び方でアドバイスしてくれたように、すべて介護者が介護してしまうのではなく、その人の力を生かして生活するという視点も重要だ。
「助けすぎてしまうと余計に身体は弱ります。生活環境はバリアフリーにしつつも、バリアも少しはあった方が毎日の生活の中でリハビリになるというように、考え方も変わってきています」
退院前に、リハビリスタッフが家庭訪問をしてアドバイスしてくれる病院もあるので、利用することをおすすめしたい。
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。