文/印南敦史
バブル世代に焦点を定めた「希望退職」などに明らかなように、50代を過ぎた社員が、会社からあの手この手で追い詰められるというようなケースは少なくない。
そんななか、「会社に尽くしてきたのに……」という思いを抱えながら過ごされている方もいらっしゃるのではないだろうか。
だが、そうした状況下にあっても、ストレスを首尾よくやり過ごし、満足いく人生を手にする人たちがいるのも事実。
『定年後からの孤独入門』(河合 薫 著、SB新書)の著者によれば、そうした人たちが持っているものこそが、「有意味感(meaningfulness)」。それさえあれば、属性や肩書きではなく自分自身でいられるようになるというのだ。
有意味感について語るにあたり、著者はふたりの人物を引き合いに出している。消防士のパトリックという男性と、ウエートレスのダンテという女性である。
「クソッタレの世の中は実にひどい。この国もクソくらえさ。だけどな、消防士っていうのは、本物の何かをやっているんだ。火を消し、赤ん坊を抱えて飛び出し、死にかけたヤツに口移しの生き返り措置をする。いいかげんじゃダメだ。本物の相手だ。俺にはそういうのが夢なんだ」(本書84ページより引用)
「客にどうしてウエートレスなんてやってるんだ? って聞かれたときには、『あんた私の給仕を受けるのにふさわしいって思ってないんですか?』って、逆に聞いてやるのよ。私はね、皿をテーブルに置くとき、音ひとつ立てないわよ。グラスひとつでもちゃんと置きたいのよ。ウエートレスをやるのって芸術よ。バレリーナのようにも感じるわ」(本書86ページより引用)
このふたりの語りからは、共通するものを感じ取ることができる。素晴らしい人柄と、仕事を最高のものに仕立て上げ、賃金を超える立派な仕事をしようとする強い意志だ。
そして、彼らにあって、不満だけを口走る人にないものこそが有意味感。それは、目の前の仕事に完全燃焼することで高まる感覚だ。
有意味感が高い人は、「困難やストレスは自分への挑戦だ」と受け止め、「最高の仕事にするためには困難に立ち向かう意味がある」と考えることができるのだそうだ。
いわば、「これは私がやらなければならない仕事だ」という信念と、揺るぎない「人生の価値判断」の礎になるのが有意味感だということ。
不思議なもので『どうせやっても報われないのだから、適当にこなせばいい』と割り切った働き方をすると次第に自分の存在意義がぼやけ、ますます仕事がつまらなくなる。逆に、あれこれ考えず無心に取り組むと暗闇に光が差し込むものだ。(本書73〜74ページより引用)
たしかにそのとおりだろう。最善を尽くしていれば、“目につきにくい努力”を理解してくれる人は必ずいるものだ。そして、そういう人がかけてくれるちょっとしたことばが、ささやかな誇りを感じさせてくれたりもする。
著者が、「有意味感は『完全燃焼』と自己を取り巻く『半径3メートル世界』との関わりで引き出される生きる力だ」と主張していることには、そういった裏づけがあるのだ。
そればかりではない。壁を乗り越えるたびに有意味感は強まり、人生を豊かにするさまざまなリソース(資産)を獲得する原動力になるものだ。とりわけ「自立性(autonomy)は有意味感ときわめて近い関係にあり、有意味感の高い人は自律性も高いことがわかっているのだという。
自律性とは「自分の行動や考え方を自己決定できる感覚」のことで、一言で言うと「自分への誇り」だ。プライドと言い換えてもいい。
プライドという言葉はよく使われるけれど、どんな仕事でも、その仕事をあたかも偉大で崇高な仕事のように成し遂げることが「本物のプライド=自律性」である。自律性の高い人は、他者の評価は評価として受け入れるが、がんばっている自分を肯定できるので、実に自由でたくましい。パトリックやダンテのように、だ。(本書90ページより引用)
ひとつの会社で勤め上げれば、「はい、おしまい」という具合に丸く収まるような時代が過ぎ去ったいまだからこそ、自律性こそが生きていく上で重要なリソースとなるわけだ。
なぜなら「自律性」があれば、どのような集団に属していたとしても世間の視線に惑わされることはないから。会社と一体化するのではなく、会社と自分を共存させる働き方ができるようになるということだ。
いわば自律性の高い人は、どんなに厳しい状況でも自分を信じ、挑み続けることのできる人だということになる。
そういった芯の強さは、他者評価があふれる情報過多社会では実に魅力的だ。少々夢のある解釈をすれば、有名にならずとも「小さな英雄」に導くのが自律性なのだ。(本書92ページより引用)
逆に会社のなかにいると、あたかも自己決定したかのような感覚を味わえる出来事がいくつもある。だから50歳を過ぎて会社から戦力外扱いされると、なにをすればいいのかわからなくなり、自分の存在意義さえあやふやになってしまう。
だからこそ、以前にくらべて職場の居心地が悪くなったという人こそ、パトリックやダンテのような自律性を持つべきなのだろう。
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。