文/印南敦史

『没イチ パートナーを亡くしてからの生き方』(小谷みどり著、新潮社)の著者は、第一生命経済研究所主席研究員。第一生命のライフデザイン研究所(現在は第一生命経済研究所に合流)から社会人としてのキャリアをスタートして以来、25年以上にわたり、墓や葬式、死の迎え方など「死の直後」にまつわるテーマで研究をしているという人物である。

入社したころは特に研究したいテーマがあったわけではなかったというが、「研究するなら、みんなに共通のライフイベントをテーマにしよう」と考えた結果、あることに気づいたそうだ。

それは、「産まれた(産むということではなく、結果としての産まれたという事実)ということ」と、「いずれ死ぬということしかないということ」、そのふたつをテーマとして取り上げるべきだという点。

当時、社会学でライフコース(個人が一生のうちにたどる道筋)論は、結婚、住宅購入、子どもの誕生から教育、子どもの結婚、老後生活が人生の大きなイベントだという発想が主流だった。「老後」の先に「死」があることには、あまり触れられていなかったというわけである。

しかしそんななか、「自分がどんな死を迎えたいか」「墓や葬式をどうするか」ということも、自分の人生の締めくくり方として考えておくべき大切なことではないかと思い立ったということ。

いまでこそ「終活」という言葉が根づき、多くの人が自分の死の迎え方を考えるようになっている。そんな流れのなかで、葬式や墓の話題は、メディアでも取り上げられるようにもなった。かつて、その手の話はお盆かお彼岸にしか見聞きできなかっただけに、世間の見方が大きく変わったなと思うのだそうだ。

しかしその反面、自身が大きな見落としをしていたと感じてもいるのだという。それは、「自分がどう死を迎えるか」という視点や、「自立できなくなった時から死後までを誰に託すのか」という視点ばかりを注視しすぎていたということ。

 7年前、私自身が夫を亡くし、はじめて、「配偶者と死別した人は、その後、一人でどう生きていくか」という大きな問題をないがしろにしていたことに気づいたのです。夫婦二人暮らしが高齢者の三人に一人を占めるようになると、配偶者との死別は一人暮らしのスタートを意味します。
人の命の重さを数でカウントするのはいけないことかもしれませんが、五人暮らしが四人暮らしになるのと、二人暮らしが一人暮らしになるのとでは、同じマイナス1でも、残された人に与えるインパクトは違うはずです。(本書「はじめに」より引用)

そこで本書では、配偶者を亡くしたシニアがどう立ちなおり、新たな生活をスタートさせたかという事例を紹介し、「没イチ」(配偶者が没し、一人になったこと)になる前の心積もりや準備をしておきたいこと、没イチのこれからの生き方や終活について網羅しているというわけである。

 4月26日に(妻が)亡くなって、葬儀やらを済ませて、5月に入って会社に出たんですが、自分自身が、なんというか「もぬけの殻」状態で、やる気が全然起きないんです。当時の記憶はなぜか、おぼろげです。(中略)
9月に入って辞表を出して、「とにかく辞めます。やる気が起こりません」と。この先どうしようなんて何にも考えていなかった気がします。とにかくやる気が起きない上に、長期に現場から外れていたので「蚊帳の外」みたいな疎外感も感じましたし。まだ51歳だったんですが、それなのにもう、付いていけない……体力勝負ができないと感じたんです。自分ではどうにも力が入らない感じでしたね。(本書45ページより、8年前に妻を亡くした59歳男性の言葉)

 それ以前は外出して帰る時は「今から帰るね」って主人に電話していたのですが、現実を突きつけられる死亡手続き、年金の資格停止の手続き……終えても「帰るね」って電話する相手がいない。何より、その電話していた相手が亡くなったための手続きをしているという現実が、本当に辛かった。泣きながら家に帰りましたね。
その時の寂しさと悲しさ、それが人生で一番の孤独感でした。「ああ、もういないんだ」って思うと、とにかく辛かった。その日の用事が済んで夜一人になると、もう悲しくて、泣いていました。(本書54ページより、12年前に夫を亡くした60歳女性の言葉)

たとえばこのように、実際に配偶者と死別したシニアがどのように立ちなおったのか、配偶者のいない生活にどう順応しようとしているのか、実際の体験談が本書には掲載されている。

証言している人たちはすべて、配偶者との死別後に「立教セカンドステージ大学」に入学した人たち。50歳以上を対象とし、学びなおしと再チャレンジのサポートを目的とした学びの場として、2008年に開設されたのだそうだ。著者は解説当初から、死に関する講義を担当している。

そしてそんななか、自らも夫を亡くした著者は、配偶者を亡くした人が、同じ境遇の人たちと気兼ねなく身の上話ができる場がないことに気づく。そこで3年前、死別体験をした学生やOBたちとともに立ち上げたのが、「没イチ会」だ。

先立った配偶者の分も人生を楽しもうというテーマを共有し、社会に発信していこうという取り組み。それは、夫婦のどちらかが必ず遭遇する「死別」を特別視する社会を変革しようという活動でもあるという。

そのような考え方に基づいた本書において注目すべきは、「没イチ」こそが終活だと位置づけている点である。

どちらにしても、最後に残るのは一人だ。そのことを踏まえたうえで、「自立できなくなった時」の備えとして「介護サービス」「住み替え・施設入所」「『もしもの時』を託す契約」「お互いに『共助』できる環境づくり」などについても触れているのだ。

さらには相続問題や葬式のことなど、避けられない問題についても解説がなされているため、読者は「いつか訪れるその日」について知っておくべきことを確認することもできる。

もちろん、そのようなメソッドだけを紹介した書籍なら、過去にいくらでも出版されている。しかし本書が抜きん出ているのは、実践的なメソッドのみならず、著者自身の体験が色濃く反映されている点だ。

だからこそ読者は生々しく、そして切なく、我がこととして配偶者との別れについて考えることができるのである。

『没イチ パートナーを亡くしてからの生き方』(小谷みどり著、新潮社)


文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』などがある。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)。

 

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