文/印南敦史

人生五十年時代から人生八十年時代になり、ついには「人生百年時代」だ。少し前のサラリーマンは定年退職によってとりあえずのゴールを迎えて、そこから先は余生になる感覚だった。いまはそういう枠組は当てはまらなくなっている。
定年退職を迎えたあと、それなりの延長戦を過ごして七十歳、八十歳となったときにようやくシニア世代となっていく。
その時点で立っているのは、終着駅ではなく「第二の始発駅」である。
そこまでに蓄えてきた経験や知識、交友関係や経済力、あるいは病歴や孤独など、良くも悪くもいろいろなものをかかえて新たな旅に出かけることになる。
(本書「はじめに 長く生きて思うこと」より引用)

『老いる意味』(森村誠一 著、中公新書ラクレ)の冒頭にはこう書かれている。たしかにそのとおりだ。しかし、この文章が「ただ『第二の始発駅』では必ずしも順風満帆ではない」と続く点も、私たちは見逃すべきではない。

老後には病気をすることもあるだろうし、親しい人の訃報を聞くこともあるだろう。すなわち、明るい幸せだけではないということだ。

それは88歳になる著者も同じで、これまでにはいろいろな病気も経験してきたという。なかでも2015年に老人性うつ病を患ったことは大きかったようで、その壁を乗り越えるまでのプロセスが綴られた第1章「私の老人性うつ病との闘い」の痛々しさは、本書のトピックにもなっている。

ただし重要なのは、それも“プロセス”であったということ。すなわち現在は、すでに“その先”を生きているのである。そこに大きな意義がある。

自分で選んだ「道」があったなら、不安を随伴しながらもその道を歩んでいくことになる。その道は六十歳になれば先がなくなるようなものではない。
七十歳になろうとも八十歳になろうとも先に続いている。
人生百年時代となったなら、その道はさらに長くなっていく。
そうであれば歩みは止められない。
(本書「はじめに 長く生きて思うこと」より引用)

こう主張する著者は、「八十歳でも夢を追いかけている人」がいる一方に、「五十歳、六十歳といった年齢で、新たななにかをしようといった気持ちを失っている人」が存在することを指摘している。

人生に対してあまり情熱を持っていなかった人ほど、早いうちに絶望してしまうケースが多いのではないかということだ。

たしかに現役時代、自分なりに納得した人生を送ることができ、退職後も新しいことにチャレンジし続けてきた人であれば、80歳を過ぎても情熱を保ち続けることは可能だろう。

だが、仕事や私生活で充実感を得られなかったとか、失敗や挫折の連続で情熱が持てなくなったというような人なら、「60歳を過ぎれば新たな未来が待っている」といわれても実感を得ることは難しいかもしれない。

とはいっても、第二のスタートがそれまでの人生をリセットするチャンスであることだけは間違いないはずだ。著者も、「考え方を変えてみてはどうか」と読者に問いかけている。

60歳、70歳まで生きれば、いろいろなことがあって当たり前。そして、予期していなかった不幸やトラブルが重なると、人はなかなか立ち上がれないものでもある。

事実、著者もここに至るまでには絶望しかけたことが何度かあったようだ。いわば根底に自身の絶望体験があるからこそ、あえてこのように提案できるのだろう。

現役からの引退は、過去との決別を意味する。
いいことも悪いこともすべて過去の出来事として水に流す。
それまでにあったことはリセットしてしまい、ゼロから始まると考えてもいい。
続編やエピローグのつもりでいるのではなく「新章」にすればいいのである。
(本書197〜198ページより引用)

よくないのは、「この歳になって新しいことをするなんて考えられない」というような後ろ向きの発想になってしまうこと。人間はいくつになったとしても、その時点で新しいことを始められるからだ。

常に未来を見つめられていれば、若者と同じ志、若者に負けない心を持つことができると著者は主張する。そうであれば、精神的にも肉体的にも若さを保っていけるとも。

逆にいえば、過去にばかり想いを馳せていたのでは干からびてしまうだけだということでもある。

したがって、そうならないためにも常に可能性を求めていくべきだということだ。

百歳まで元気に生きると自分で決めておき、百歳になったらそこでまた新しいことを始める。自分で「終わり」を決めつけてしまわない限り、人は楽しく生きていける。(本書232ページより引用)

88歳まで生きてきた人のこうしたことばには、やはり説得力がある。だからこそ、「もう歳だ」なんて愚痴っている暇はないなと強く感じるのだ。

『老いる意味』
森村誠一 著
中公新書ラクレ

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文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)などがある。新刊は『書評の仕事』 (ワニブックスPLUS新書)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。

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