文/印南敦史

老後は笑顔で「平気で生きていく」|『おじいさんになったね』まず、タイトルのセンスが秀逸である。これには、定年を過ぎた人、あるいは定年を間近に迎えた人もドキリとさせられるのではないか? しかも嫌味がなく、「ああ、そうだなぁ」と感じさせてくれるような柔らかさがある。

そんな『おじいさんになったね』(南 伸坊 著、だいわ文庫)は、2015年5月に海竜社から刊行された同名書籍を文庫化したもの。

単行本には「私はいま、六十七歳であって、歴とした前期高齢者であるけれども、おじいさんのつもりがまだないのだ」とあるが、1947年6月30日生まれとのことなので、この記述の数か月後に68歳になったのだろう。いずれにしても、この6月で72歳ということになる。

本書は、そんな著者が「老い」をはじめとするさまざまな事柄について思いを綴ったエッセイ集。とはいっても、そもそも「おじいさんのつもりがない」状態で書かれたものなので、老いに不安を感じるような切迫した雰囲気はない。

それどころか、「老い」にまつわる諸々の出来事に驚き、ときには不安を感じたりしながらも、心の底ではそれらすべてを楽しんでいるようなニュアンスさえある。

恐らくそれは著者の持って生まれた性格のおかげなのだろうが、だから読んでいて、不思議な安心感があるのだ。

たとえばいい例が、「朝、目が覚めたら部屋が廻って」いたときの話だ。友人のフジモリさんからめまいの話を聞いていたので、最初は「ついに来たか」と思ったらしい。そこで耳鼻科に駆け込んで、検査を受ける。

「はい、あまり心配ないですね」
と、これは有難かった。それほど重度のめまいではないらしい。
「原因は何でしょうか?」
と質問してみると意外な答えが返ってきた。フジモリさんもアカセガワさん(筆者注:著者と交流のあった故・赤瀬川原平氏)も、同じ質問をしたが、よくは分からないのだということと、ストレスが原因だろうくらいの話だったはずだ。
私の先生はモロだった。
「老化です」
(本書25~26ページより引用)

老化で老廃物が処理しきれない状態になり、三半規管に残留。その老廃物が“ワルサ”をしたのではないかと言われたのである。

「老廃物ですね、血液が悪いのでそのあたりの血流をよくするおクスリを処方します。一週間後にまた来て下さい」(本書26ページより引用)

「締め切りのせいではないか」「ストレスが原因ではないか」とあれこれ考えていた著者は、それを聞いて肩透かしを食らう。

しかも、そのあとの話がいい。帰宅して“ツマ”に報告したところ、彼女は次のような反応を示したというのだ。

「ローハイブツ……か」とポツリといってから、歌い出した。
「ローレン、ローレン、ローレン。ローレン、ローレン、ローレン。ローーハーーイ ブツッ!!」私もローハイブツのテーマに唱和した。
(本書26ページより引用)

こういうエピソードを目にすると、老後の暮らしに必要なものは、笑顔と、そして笑顔を共有できる人々(著者のようにパートナーであれ、あるいは友人であれ)なのではないかと思えてくるのだ。

なお結局、めまいはそののち収まったという。

さて先にも触れたように、これらの文章は4年前に書かれたものである。となればいま、いささかの心境の変化が生じていたとしても不思議ではなく、事実、現在の著者はもはや「おじいさんのつもりがまだない」という心境ではないようだ。

いまはもう、「実感がない」とか「まだ若いつもり」だとは思っていないというのである。

 いつまでも若いつもりでいたいのは、死んで自分が消えてなくなっちゃうのに、脳ミソが納得いかないからで、いずれ八十や九十近辺には死んでしまうと分かっているけれど、その分かっている自分がナシになるのに、脳ミソは納得いかない。
不治の病とかに罹っていれば、そうもいかない。早くからそのことを考えるから、正岡子規は三十代で脳ミソに納得させたらしい。
「いつ死んでもいい」
と思うことにした。
「今日じゃなくてもいいけど……」
悟るというのは「平気で死んでいくことだ」と思っていたが、毎日「平気で死のう」とばかり思っているより、いろいろあっても「平気で生きていく」のが悟るってことだと書いている。
(本書「文庫版のためのあとがき」より引用)

それを、いい考えだと思ったからこそ、著者も「平気で生きていく」ことにしたのだという。楽しいことを見つけながら、平気で生きていくということだ。明日死ぬかもしれないのに、気がつかずに平気で生きていこうと思ったというのである。

その一方に、ちょっとおなかが痛くなっただけで心配になる自分がいることも認めているが、そんなときにはまた、「ローレン、ローレン、ローレン」と、いや、「老齢、老齢、老齢」と歌い飛ばせばいいのだ。

『おじいさんになったね』

南 伸坊 著

だいわ文庫

定価:本体680円+税

発行年2019年8月

『おじいさんになったね』
文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』などがある。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)。

 

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