取材・文/坂口鈴香
新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。緊急事態宣言解除後も、感染リスクを減らすために、長期間高齢の親と会えないでいる子世代は少なくない。
4月には、特別養護老人ホームに入所している母親と面会ができなくなったため、「親孝行がしたい」と90代の母親を引き取った息子(57)が、ホーム退去の翌日母親を殺して自殺したという痛ましい事件が起きた。母親がホームに入所中、息子は毎日のように見舞いに行き、朝から晩まで付き添っていて、「孝行息子」と評判だったという報道に、やりきれない思いをしたのは筆者ばかりではあるまい。
テレビ電話を設定したタブレットを父にわたした
「親の終の棲家をどう選ぶ? 壊れていく母、追い詰められる父」
「親の終の棲家をどう選ぶ? 『最期まで二人一緒に』同じ老人ホームに入居した両親」
で紹介した大島京子さん(仮名・51)は、緊急事態宣言以降、有料老人ホームにいる両親との面会ができないでいる。
「父は携帯に電話をかけても、気がつかないことがほとんどで、長く音信不通に近い状態になっていました。これではいけないと思い、父とテレビ電話できる環境をつくろうと思い立ちました。こちらですべて設定しておいたタブレットと、自作の説明書をホームに届けて父にわたしてもらったんです。機械音痴の父でもわかる、一番シンプルなテレビ電話のアプリを入れて、それ以外不要なアプリのアイコンはすべて消しました。そして、私が電話をかけたら、父が操作しなくても自動で受信できるよう設定しました。これで、定期的にテレビ電話をかけて話ができるようになりました。父も楽しみにしているようです。ただ、新しいものにはすべて拒絶反応を起こす母とは、いまだに話せていませんが」
何ごとにもマメな大島さんらしい工夫で、面会制限を乗り切っているのは頼もしい。面会できない親子のために、テレビ電話を導入しているホームも多いようだ。
「あんた、誰?」
義父から忘れられたという人もいる。
井波千明さん(仮名・55)の義父母はサービス付き高齢者向け住宅に入っているが、3月から面会は制限されていた。ところが4月になって、義父が体調を壊してしまった。その検査結果を井波さんが聞きに行ったときのことだ。
「義父の検査結果を聞くためクリニックに着いたとき、ちょうど義父が出てきたんです。割と元気そうだったのでちょっと安心して、少し離れたところから「おとうさん!」と声をかけたところ、義父が一言。『あんた、誰ね?』と(苦笑)。コロナのせいで、私は忘れられてしまいました」
他方で、こんな思いもあるという。
「義父母を施設に預けてしまったという罪悪感がずっとあり、せめて会いに行って話し相手にならないといけないと思っていました。でも時間を決めて、面会の時間をつくることまではしていなかったので、『もっと行かないといけない』と、また罪悪感におそわれていたのですが、このコロナで面会禁止となり、私は後者の罪悪感から解放されたんです」
「面会が制限されて、ホッとしている部分もある」という声は、ほかの子世代からも聞いた。井波さんは「私の心の闇」と表現したが、決して闇ではないし、闇があってもいいじゃないか、と言いたい。
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ほかにも、感染者の多い首都圏から地方の親のもとに帰ると、親がデイサービスやヘルパーを利用できなくなるので、帰るのを取りやめざるを得なかったと嘆く子世代もいた。連休やお盆の帰省をあきらめたという子どもや孫も多い。活動的な若者が無自覚のままウイルスを広げているという批判もあり、新型コロナウイルスは世代間の対立と分断を顕著にしたとも言われている。
家族に限らず、人と会えないのはさびしい。それでなくても、高齢の親は、老いによってさまざまな喪失感を抱いている。新型コロナウイルスは、そこに孤独という追い打ちをかけた。そこで次回は、コロナ禍における孤独を乗り切る知恵を探ってみたいと思う。
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。