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暮らし

人生後半戦のための「孤独のすすめ」

文/印南敦史

孤独をポジティブに|『続・孤独のすすめ-人生後半戦のための新たな哲学』
『続・孤独のすすめ-人生後半戦のための新たな哲学』(五木寛之 著、中公新書ラクレ)は、2017年に刊行された『孤独のすすめ』の続編。同書には多くの反響が寄せられたというが、それは著者にとっても、「孤独」について考えるきっかけになったようだ。

孤独ということばのイメージは、少なからず「老い」や「死」と近い位置にある。つまり、孤独を「さびしいもの」として捉えているような感覚が、多くの人のなかにあるということだ。

だが以前から、それをポジティブに受け取る立場もあるのではないかと考えていたというのである。

そんな著者は、「孤独」とは、「自分が他の人びととちがう」とはっきり認識するところからはじまるのだと主張する。「他人とのちがい」は独りでいて気づくものではなく、むしろ他者と肌を接して触れ合うことのなかで、その差異が明らかになり実感として深まっていくというのだ。

かつて、「連帯を求めて孤立をおそれず」という言葉がありました。十九世紀のロシア知識人たちの合言葉、「ヴ・ナロード!」というスローガンは今でも生きているようです。
「ヴ・ナロード!」とは、「人びとの中へ!」という意味です。専制ロシアの抑圧下にあった人びと、政治的に言えば「人民」となるのでしょうが、私はむしろ「世間の人びと」「普通に生きている人びと」と、わりと自由に解釈しています。
かつては過激なスローガンであった言葉が、いまではごく当たり前の感覚で伝わってくる。
「人びとの中へ!」
(本書8〜9ページより引用)

独居して孤立せざるを得ない人は少なくないが、だからこそ“人びとの中”にあることが重要なのだという考え方。もちろん著者自身もそう考えていて、もしこの先、動けなくなってしまったとしても、訪ねてくる人があれば時を忘れて語り合いたいのだと記している。

その感覚は、以下のことばを確認すれば理解しやすいのではないだろうか。

例えばそれは仲間と一緒に行くツアー旅行でもいい。俳句や読書のサークルにくわわるのも悪くない。ボランティアに参加するのも、スポーツの仲間にはいることも、みな本当の「孤独」を発見する絶好の機会なのです。(本書9ページより引用)

直接に対面して人から教わることの重要性を著者が強調するのには、そんな理由があるのだ。

興味のあるテーマの公開講座に出向いて専門家の話を聞いたり、長年やってみたかった楽器を習いに行ったりするのは、純粋に楽しいことだ。しかし、そういったシチュエーションにおいては、「対面して肉声で教えを受け、なんらかのことを身につける」ということが重要。

とにかく人と対面し、いろいろなことを習うべきだという考え方である。

ブッダの時代、ブッダのもとに集う弟子たち、修行僧のことを声聞(しょうもん)と言いました。
ブッダは一行の文章も書かなかったので、ブッダの弟子たちが、ブッダの肉声を聞いて、それを暗記したのです。いまの出版のように、すぐに文字になるわけではなく、のちに文字化されるまでの期間は言葉がそのまま記憶されて伝えられました。そして人から人へと伝えられていく。(本書115ページより引用)

仏教の経典は「如是我聞(にょぜがもん)」という言葉で始まるが、これは「このように私は聞きました」という意味。つまり、仏教の原典は聞き書きなのだ。

ちなみに著者が仏教に関心を持ったのも、2、3歳年上のある人から直接話を聞いたことがきっかけだった。そして結果として、その人の生き方や考え方を好ましく感じた。

やがて著者は、その人が熱心な浄土真宗の念仏者であることを知る。そして、いろいろ話を聞く機会があり、その人から生き方を学んだりするうち、仏教に惹かれていったというのだ。

そして、浄土真宗の僧侶である千葉乗隆氏の講義を聞くため、聴講生として大学に通うまでになった。その結果、「授業とは、こんなにおもしろいものなのか」ということを改めて実感したそうだ。

世の中には「出不精」と呼ばれる人がいるし、そういうタイプの人がこういった話を聞くと、「わざわざ話を聞きに行かなくても、本を読めば理解できるのではないか」と思うかもしれない。

しかし、著者はそんな考え方に反対の意思を示している。読書はあくまでも話を聞くことの代用行為でしかないということが、対面して教えを受けてみるとよくわかるというのだ。

不思議なものです。肉声を通して人から教わることは、なにかちがう。いまも、そういう機会があると、できるだけ出かけて話を聞くようにしています。(本書117ページより引用)

それは、“定年後”の生き方についてもいえるかもしれない。定年を過ぎて人との交流が減ったり、あるいは伴侶を亡くしたりした場合、ともすると閉じこもってしまいがちだ。

しかし、だからこそ外に出て、人の話を聞くことは重要なのではないか? 著者のように大学の聴講生になるかどうかは別としても、一歩外へ踏み出す意志だけは持ち続けたいものである。

『続・孤独のすすめ-人生後半戦のための新たな哲学』

五木寛之 著

中公新書ラクレ

定価: 1,296円(税込み)

発行年2019年7月
続・孤独のすすめ-人生後半戦のための新たな哲学

文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』などがある。新刊は『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)。

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