文・写真/秋山都
ポチ袋といえばお年玉の印象が強いが、誰かに心づけを渡す際に重宝する。「ほんの気持ちですが」と渡す際にも、現金では失礼だし、もらう方もポチ袋に包まれていれば遠慮なく「ありがとう」と言いやすい。
1万円以上を渡すなら祝儀袋がいいだろうが、千円札や500円玉を気兼ねなく渡すためならポチ袋がいい。つねにポチ袋を数枚、財布に忍ばせておくと、いざというときに便利だ。
そのポチ袋も、こんな楽しいラインナップであれば思わずコレクションしたくなるのではなかろうか。東京・谷中にある『いせ辰』謹製。創業元治元年(1864)というから、150年以上も続く老舗による、名物商品である。
東京・谷中は江戸時代、明暦の大火(1657年)後に、神田あたりの焼失した寺が移転してきたことにより形成された寺町。いまも寺が多く残るため高層のビルはほとんどなく、町は江戸の趣を所々に残している。そんな谷中の一角に、ひときわ江戸の香りを漂わせているのが『いせ辰』だ。
「いせ辰」が商っているのは江戸千代紙。あざやかな色彩の模様が木版手摺りされた手すきの奉書紙は、額装して楽しむのはもちろん、手箱に貼ったり、ブックカバー、封筒やポチ袋にするなど生活を華やかに彩ってくれる。
江戸千代紙は絵師、(版木の)彫師、摺師の3人の熟練した職人がチームとなって製作するが、『いせ辰』ではいまも自社工房に摺師が常駐し、手摺りで仕上げているのが特徴だ(一部機械刷りもあり)。
その文様は現存するものでおよそ1000種。桜や藤など花鳥風月から、こいのぼり、宝船など年中行事に関わるもの、歌舞伎に由来するもの、生活道具をモチーフにしたものなどバリエーション豊かだが、なかには猫が人を擬態するユニークなものも。
木版手摺りは職人の手間がかかるだけに、使い捨てにせず、額装して楽しむのがおすすめだが、色数が少ない、機械刷りであれば1枚168円~とかなり手ごろなので、気兼ねなく使えそうだ。
ということで『いせ辰』で求めた一枚の千代紙の上下を折りこみ、ブックカバーを作ってみた。紙が地厚なので手ずれしにくく、長持ちするので、文庫本であれば次から次へと使いまわせる。
鞄の中にあざやかな色彩を放つ文庫本を放り込み、財布の中に洒落たポチ袋を忍ばせておくだけで、なにか心に余裕が持てるような気がしてくる。江戸千代紙のマジックだ。
【菊寿堂いせ辰 谷中本店】
■住所/東京都台東区谷中2-18-9
■アクセス/東京メトロ千代田線「千駄木」駅徒歩5分
■電話/03-3823-1453
■営業時間/10:00~18:00
■年中無休
文・写真/秋山都
編集者・ライター。元『東京カレンダー』編集長。おいしいものと酒をこよなく愛し、主に“東京の右半分”をフィールドにコンテンツを発信。谷中・根津・千駄木の地域メディアであるrojiroji(ロジロジ)主宰。