日本でも愛用者が多い『ブルックス ブラザーズ』が創業されたのは、1818年。アメリカでもっとも歴史ある衣料ブランドであることはいうまでもない。創業者ヘンリー・サンズ・ブルックスは「最高品質の商品だけをつくり、取り扱うこと。適正な利益のみを含んだ価格で販売し、その価値を理解できる顧客とのみ取引すること」を基本理念に掲げた。リンカーン、ケネディなどのアメリカ歴代大統領をはじめ、フレッド・アステアからアンディ・ウォーホルなど、世界中の有名人が顧客に名を連ねる。初の海外進出として日本に店を開いたのが1979年。国内でも多くの顧客を獲得し、ビジネス面でも成功を収めた。
今回紹介するのは、今季同ブランドが発表したツイードジャケットだ。スコットランド生まれの伝統的な素材であるハリスツイードが使われているが、『ブルックスブラザーズ』がこのツイードを輸入し始めたのは1900年のこと。これはアメリカの衣料ブランドとしては初の試みで、以来、秋冬向けのジャケットに欠かせない素材として長く扱ってきた。
そもそもハリスツイードと名乗れるのは、スコットランド北西に位置するアウターヘブリディーズ諸島のハリス島で織られたツイードだけだ。しかもこの地方で採られた子羊の新毛100%を原料として紡がれ、島内で染色から仕上げまでを行ない、手織りされたものでなければいけない。そして厳しい品質検査に合格した生地には本物の証明として英国王室から使用が許可された宝珠(オーブ)入りの織りネームを付けられる。
『ブルックス ブラザーズ』によれば、現在ハリス島には3つの毛織物工場が稼働中だが、このツイードを織れるのはわずか180人の職人しかいない。
このツイードに使われている羊毛は油を抜く作業が施されていないため、水を弾く弱撥水性を備え、耐久性や防寒性も高い。しっかりと管理すれば、10〜20年は着られるほど傷みにも強い。
作家愛用のモデルをお手本に
「ノーフォークジャケット」と名付けられた今回のジャケットは、同ブランドの顧客のひとりで、1920年代のアメリカを代表する作家、スコット・フィッツジェラルドが愛用したジャケットから着想を得たデザインが特徴。革のくるみボタンを配したポケットやラペルの上襟に付いた「スロートタブ」(ボタンを留めて防風・防寒に役立つ)などがカントリー調の味わいをジャケットにもたらす。フィッツジェラルドが活躍したアメリカの1920年代のクラシックな要素が香る、プリーツ入りで、バックベルトが付けられた背中のデザインも洒落ている。英国の由緒ある素材を100年以上にわたって扱ってきた、アメリカの老舗の矜持が感じとれる。
文/小暮昌弘(こぐれ・まさひろ) 昭和32年生まれ。法政大学卒業。婦人画報社(現・ハースト婦人画報社)で『メンズクラブ』の編集長を務めた後、フリー編集者として活動中。
撮影/稲田美嗣 スタイリング/中村知香良
※この記事は『サライ』本誌2022年10月号より転載しました。