星の数ほどあるブランドのうち、ブランド名がそのまま映画のタイトルになった例がある。1970年公開のフランス、イタリア合作映画『ボルサリーノ』だ。当時フランスの大スターであり、日本でも人気が高かったアラン・ドロンとジャン=ポール・ベルモンドの共演。1930年代のマルセイユを舞台に暗黒街の顔役にのし上がっていくふたりを描いた作品だ。
1920年代の紳士たちが帽子を必ず被っていたことからブランドがタイトルに採用されたと思われるが、そもそも『ボルサリーノ』はイタリアでもっとも長い歴史を持つ帽子メーカーである。創業は1857年。ジュゼッペ・ボルサリーノが北イタリアのアレッサンドリアで、帽子の職人たちを集めた工房を開いたのが始まり。その名前が世界的に知られるようになったきっかけは、1900年にパリで開かれた万国博覧会だ。この博覧会に出品した帽子が見事グランプリを獲得、世界中の紳士たちがこぞって同ブランドの帽子を愛用するようになった。当時発行の『オックスフォード辞典』で、「ボルサリーノはつば広の男性用フェルト帽」と解説されているという。まさにフェルト帽の代名詞的存在だ。『帽子の文化史』( 出石尚三著、ジョルダンブックス刊)には、「彼はカペラ(ジャン=ポール・ベルモンド)からもらった服を脱ぎ、新調の洋服に着替えた。帽子はむろんボルサリーノだ」と映画の脚本に最初から帽子のブランドまで明記されていたと書かれている。
50以上の工程を経て完成する
効率のためにいかなる品質をも犠牲にすることはできない ── 創業者ジュゼッペが掲げた信念だ。世界で唯一、『ボルサリーノ』は、原毛の精練から帽子の製造まで一貫して自社工場で行なう稀有なブランド。昔ながらの方法を用いたフェルト帽の製造は52の工程を手作業で行ない、ひとつのフェルト帽を製造するのに7週間の時間を要すると聞く。
今回紹介するのは「クァリタ スーペリオーレ」のグレード(等級)の素材が使われた「ウンベルト」。「クァリタ スーペリオーレ」は、イタリア語で「優れた品質」という意味で、素材には上質な野うさぎの柔らかな毛などを使った最高級の「ラビットファーフェルト」が使われている。ブリム(つば)の幅が5cmと小さいモデルなので、日本人の身長と肩幅にも程よいサイズ。ドレスからカジュアルなスタイルまで自在に使い回しできるデザインで、人気が高い。
昔から帽子は印象を決定づけるもの。新品を被るだけでも存在感はあるが、何年も被っていくうちに、帽子は身体の一部のようになる。そうした経年変化を楽しめるのも、確かな品質を持った帽子が愛用される理由だろう。
文/小暮昌弘(こぐれ・まさひろ) 昭和32年生まれ。法政大学卒業。婦人画報社(現・ハースト婦人画報社)で『メンズクラブ』の編集長を務めた後、フリー編集者として活動中。
撮影/稲田美嗣 スタイリング/中村知香良 撮影協力/PROPS NOW
※この記事は『サライ』本誌2022年9月号より転載しました。