選評/林田直樹(音楽ジャーナリスト)
宝物としかいいようのないくらい、美しい声に恵まれた歌手が、どの時代にもいるものだ。1969年生まれのドイツのバリトン歌手クリスティアン・ゲルハーヘルもその一人。端正で柔らかい声、美しく表情豊かなドイツ語、誠実で情熱あふれる歌唱のゲルハーヘルが、いよいよシューマンへの取り組みを本格的にスタートさせた。『シューマン歌曲全集1:問い』は、作曲家晩年の歌曲も含めた独自の配列で、陰影の濃さが素晴らしい。
たとえば「警告」という歌は、夕暮れが迫る時間に、それまで昼間に光と自由を謳歌し、さえずっていた小鳥たちに向かって、「黙せよ、陰気な敵どもが狙っているのだから。歌ったら死んでしまうよ」と警告する内容。こうした詩の内容を知り、ゲルハーヘルのような傑出した歌手の歌によって音楽を味わうことで、聴き手は、単にサウンドばかりではなく、より深い次元でシューマンの音楽に触れることができるだろう。
【今日の一枚】
シューマン歌曲全集[1]『問い』:12の詩作品35他
クリスティアン・ゲルハーへル
発売/ソニー・ミュージックレーベルズ
電話:03・3515・5111
2600円
文/林田直樹
音楽ジャーナリスト。1963年生まれ。慶應義塾大学卒業後、音楽之友社を経て独立。著書に『クラシック新定番100人100曲』他がある。『サライ』本誌ではCDレビュー欄「今月の3枚」の選盤および執筆を担当。インターネットラジオ曲「OTTAVA」(http://ottava.jp/)では音楽番組「OTTAVA Salone」のパーソナリティを務め、世界の最新の音楽情報から、歴史的な音源の紹介まで、クラシック音楽の奥深さを伝えている(毎週金18:00~22:00放送)
※この記事は『サライ』本誌2019年8月号のCDレビュー欄「今月の推薦盤」からの転載です。