榊原康政~越後高田藩の場合

榊原康政(1548~1606)は本多忠勝と同年の生まれである。名前の一字は主君・家康から拝領したもの。忠勝同様、生粋の武人というべきで、姉川、三方ヶ原、小牧長久手など、名だたる戦場で武功をあげた。人柄については、次のようなエピソードが残っている。家康の長男・信康ははげしい気性の持ち主だったが、あるとき康政の諫言に激怒して弓矢を向けた。が、当の康政は「ご存分になされませ」と言っていささかも動じず、信康もついに折れて、その言葉を聞きいれたという。

榊原家は館林(群馬県)で10万石を与えられたが、数回の転封と加増をかさね、姫路(兵庫県)15万石の領主となる。が、寛保元(1741)年、藩主・政岑(まさみね)が吉原での放蕩を幕府に咎められ隠居、越後高田(新潟県)に移されてしまう。実際は、8代将軍吉宗に抗して尾張藩主・徳川宗春とよしみを通じたためともいわれるが、いずれにせよ懲罰的な移封である。石高も表向き15万石だが、実収は6万石に満たなかった。

幕末の騒乱に際してはなかなか態度を鮮明にしなかったが、慶応4(1868。9月に明治と改元)年4月、幕府の脱走兵が領内に侵入したことから決断を迫られる。脱走兵を討ち、新政府に忠誠を誓うというのがその結論だった。以後、薩長とともに長岡や会津を攻撃、勝者の側に立って維新を迎えることとなる。佐幕派(幕府方)の多かった東北諸藩のなかではむしろ目をひく選択だが、あるいは130年まえの処遇が尾を引いていたのかもしれないと想像してしまう。

酒井忠次~出羽庄内藩の場合

酒井氏はもともと松平(徳川)氏と血縁関係にあり、忠次(1527~96)も家康の叔母を妻としている。四天王中ただ一人、主君家康より年長であり(15歳齢上)、少年期の家康にしたがって今川家で人質生活を送った。のち吉田(愛知県豊橋市)を居城とし、東三河の統率をまかされている。あらゆる点で四天王筆頭といっていいが、家康の長男・信康(榊原康政の項参照)が織田信長から謀叛の疑いをかけられた折、使者に立ったものの、はかばかしい抗弁ができずに信康は切腹することとなった。そのため、晩年は重用されなかったという。

が、孫の代には出羽庄内(山形県)14万石の大名となった。余談ながら、藤沢周平の作品に登場する「海坂(うなさか)藩」は、この庄内藩がモデルである。幕末には品川沖や蝦夷地警備などを相次いで仰せつかり、新徴組(幕府が組織した浪士集団)を託されて江戸市中の見廻りにもあたった。藩内の抗争に佐幕派が勝利し、戊辰戦争では会津藩とならんで幕府方の中心となる。庄内藩自体は領内へ敵兵の侵入を許さなかったといわれるほどの善戦ぶりだったが、他の東北諸藩が次々と敗れたため、ついに降伏。酒井家はいったん領土を没収されるが、ほどなく故地へ復帰する。この陰には、西郷隆盛のはからいがあったとされるが、あるいは庄内藩の奮戦に心を打たれたのかもしれない。庄内の人びともこれに恩を感じ、ながく西郷を慕ったという。

徳川四天王の跡をたどって感じるのは、時の移ろいというものである。すでに大名個人が藩の命運を左右できる時代ではなくなっていた。いずれの家も、身分の高下を問わぬ議論や抗争の結果、進む道を選んだ。260年もの時間が経てば、主家との関係もおのずから一様ではなくなっている。現代の視点から、その選択にとやかく言うべきではないだろう。が、新政府についた家中からも、少なからぬ数の士卒が脱藩して徳川方に身を投じている。そこにどこか、うつくしいものを見いだしてしまうのも、また事実である。

文/砂原浩太朗(すなはら・こうたろう)
小説家。1969年生まれ、兵庫県神戸市出身。早稲田大学第一文学部卒業。出版社勤務を経て、フリーのライター・編集・校正者に。2016年、「いのちがけ」で第2回「決戦!小説大賞」を受賞。著書に『いのちがけ 加賀百万石の礎』、『高瀬庄左衛門御留書』共著に『決戦!桶狭間』、『決戦!設楽原(したらがはら)』(いずれも講談社)がある。最新刊 『逆転の戦国史「天才」ではなかった信長、「叛臣」ではなかった光秀』 (小学館)が発売中。

「にっぽん歴史夜話」が単行本になりました!

『逆転の戦国史 「天才」ではなかった信長、「叛臣」ではなかった光秀』
砂原浩太朗 著
小学館

Amazonで商品詳細を見る

1 2

 

関連記事

ランキング

サライ最新号
2024年
5月号

サライ最新号

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

小学館百貨店Online Store

通販別冊
通販別冊

心に響き長く愛せるモノだけを厳選した通販メディア

花人日和(かじんびより)

和田秀樹 最新刊

75歳からの生き方ノート

おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店
おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店