取材・文/藤田麻希
トゥールーズ・ロートレックという画家をご存じでしょうか。名前を知らないという方でも、一目そのポスターを見れば、「ああ、あれを描いた人ね」と納得するはず。喫茶店やレストランなどで、その複製を目にすることがよくあります。
代表作のひとつ《ディヴァン・ジャポネ》は、19世紀末のパリのカフェ・コンセール(演芸喫茶)を宣伝するためのポスターですが、宣伝する対象が存在していない21世紀の日本においても芸術作品として十分な魅力を発しています。
このような近代的なポスターは、19世紀後半頃から盛んに作られました。当時、産業革命によって商品が大量に出回り、都市部に人口が集中し、多くの人が同じ商品を手に取る状況が整い、広告の需要が高まっていました。そんな状況下で、リトグラフ(石版画)の技術が発達し、大判の紙に多色で大量に絵を刷ることが可能になったため、一挙にポスターが街を席巻したのです。
さらに、描き手として当代一流の画家が参画したことで、ポスターは芸術の地位まで高められていきます。ロートレックはその立役者とも言える存在です。
そんなロートレックのポスターをはじめとする、19世紀末のパリのグラフィック・アートを集めた展覧会が、東京・丸の内の三菱一号館美術館で開催されています(~2018年1月8日まで)。
これまで、広告のみを扱う展覧会や、アルフォンス・ミュシャをはじめとするアール・ヌーヴォーを切り口にした展覧会は多かったのですが、今回の展覧会は、大衆向けの広告とともに、上流階級の愛好家によって鑑賞される個人向けの版画にも、焦点を当てている点が特徴です。
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19世紀後半のこの時代まで、版画は「創造性のない複写」と思われていましたが、紙に描くのと同じように直接、版に描いて画家のタッチを活かせるリトグラフなどが登場し、だんだんと独立した芸術表現として認められるようになってきました。19世紀末には、社会現象と言われるほどの状況になり、ロートレックだけでなく、ドガ、ルドン、ボナール、ヴュイヤールなど錚々たる作家が、個人向けに芸術としての版画を制作しました。
たとえば、ゴーギャンや浮世絵の影響を受けたナビ派の画家・ヴュイヤールは『風景と室内』という多色刷りのリトグラフのシリーズ作品を残しました。
フェリックス・ヴァロットンによる「アンティミテ」は、モノクロームで男女の謎めいた情景を表した10枚の連作。木版画でしたが、刷りの希少性を高めるために、30部刷った後は版木を破棄し、再版できないようにしたそうです。
本展の担当学芸員であるファン・ゴッホ美術館、版画・素描部門学芸員のフルール・ルース・ローサ・ド・カルヴァジョさんは、本展の魅力を次のように語ります。
「ロートレックやボナールなど、世紀末の最高の芸術家たちが最高傑作として生み出していた表現の媒体は、多色刷りのリトグラフでした。今回の展覧会は、そのハイライトの全貌をご覧頂けるように実現させております。そして、そのなかでも最高の質のものであり、もっとも珍しい貴重なものをご紹介できるように配慮して構成しました。皆様にも楽しんでいただけましたら幸いです」
会場には、19世紀末の版画コレクションが豊富なファン・ゴッホ美術館、そして、ロートレックの作品を所蔵する三菱一号館美術館の作品も並びます。ぜひこの機会に足をお運びください。
【展覧会情報】
『パリ・グラフィック ― ロートレックとアートになった版画・ポスター展』
■会期/2017年10月18日(水)~2018年1月8日(月・祝)
■会場:三菱一号館美術館
■住所:東京都千代田区丸の内2-6-2
■電話番号:03・5777・8600(ハローダイヤル)
■公式サイト:http://mimt.jp/parigura/
■開室時間:10~18時(祝日を除く金曜、11月8日、12月13日、1月4日、1月5日は21時まで)※入館は閉館の30分前まで
■休館日:月曜休館(但し、1月8日と「トークフリーデー」の10月30日(月)、11月27日(月)、12月25日(月)は開館)年末年始の休館は2017年12月29日~2018年1月1日
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』