文・絵/牧野良幸
“アナログレコード”と聞くと、条件反射でレコード盤のクリーニングを思い出してしまう人も多いだろう。レコードを聴く前にスプレーをシューっとかけて、クリーナーで拭く行為である。昔は誰でもやった。
オーディオ小僧はそれを“儀式”と呼び、「これが音楽を聴く喜びにつながったものだよ」と若い人に自慢げに語る。
しかし本当は——正直に言おう——苦行であった。レコード盤に吸い付いたホコリは、どれだけクリーニングをしても取れなかった。レコード盤の上を移動するだけである。
ドストエフスキーの小説に囚人の話がある。囚人は2つのバケツで水を片方から片方へ移し替える、それだけの作業を一日中やるのだ。それに通じる苦しみが昔のクリーニングにはあった。CDが登場してホッとしたものである。
ならば今、アナログレコードを聴こうと思ったら、またクリーニングの苦しみを受けなければならないのだろうか?
安心してほしい。現在、新しく発売になるアナログレコードはクリーニングの必要がほとんどないのだ。そりゃあ少しはホコリがついている。静電気を帯びていることもある。しかしそっとクリーナーで拭いてやるだけでいい。それでホコリは大方とれてしまう。スプレーは使わない。
たとえホコリが残っていてもかまわずターンテーブルに乗せる。それでもパチパチというノイズはほとんどと言っていいくらいしない。音楽の入っていない部分など、状態がいいLPならCDと聴き間違うほどに無音である。
これが今のアナログレコードだ。材質とか製造工程とか、いったいどこが昔と違うのか分からないが、とにかく品質がいい。1枚や2枚ではなく、たいがいの新品がこうなのだから、現代のアナログ生活は快適である。
もちろんこれは新品のレコードに限られる。中古のレコードは相変わらずホコリに悩まされる場合が多い。これは昔とかわらない。
ただ昔と違って、いろいろなクリーニング・マシーンが発売されているところが21世紀らしい。オーディオ小僧はまだ試していないが、いつか使ってみたいと思っている。なにせ中古レコードには貴重な物が多い。クリーニングの効果があれば一挙にお宝のレコードが増えることになる。まるで錬金術だ。
新品のレコードでホコリに悩まないアナログ生活があれば、中古レコードのクリーニングを最新機械で楽しむアナログ生活もある。いずれにしても昔と違って苦行ではない。いい時代になったものである。
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』『オーディオ小僧のいい音おかわり』(音楽出版社)などがある。ホームページ http://mackie.jp
『オーディオ小僧のいい音おかわり』
(牧野良幸著、本体1,852円 + 税、音楽出版社)
https://www.cdjournal.com/Company/products/mook.php?mno=20160929