水しぶきまで躍動!奇想の画僧・雪村のダイナミックな画境を味わう展覧会『雪村―奇想の誕生―』

雪村筆《龍虎図屏風》6曲1双 各155.6×350.4cm 東京・根津美術館蔵【展示期間:~5月7日】

取材・文/藤田麻希

雪村(せっそん)という画僧をご存知でしょうか。戦国時代に関東地方を中心に活躍し、水墨画を多く残しました。

その名前から、雪舟の弟子だろうと想像する方もいるかもしれませんが、直接、雪舟に接触した記録はなく、残された画跡に倣うことで私淑したことが、雪村の作品からうかがい知れます。

しかし、両者の画風はかなり違います。雪舟の絵の静的な印象とは違い、雪村の絵はかなり動的です。

例えば図の《琴高仙人・群仙図》で中央に描かれるのは、鯉にまたがった琴高仙人が川から飛び出すところです。手綱のように鯉の髭を引き、足で暴れる鯉の腹をしっかりと押さえています。

雪村筆《琴高仙人・群仙図》重要文化財 3幅(中央)121.5×54.0cm (左右)121.0×56.0cm 京都国立博物館蔵【展示期間:~5月21日】

でもこの画をよく見ると、劇的なシーンのはずなのに、なぜか仙人は嫌々鯉に乗らされているかのような浮かない顔。左右から視線をおくる人々のうち、左幅手前の人物のみ、服が激しく風になびき、右幅手前の童子のみ鑑賞者の方を向いているのも不思議です。

まるで生き物のように表される水しぶきは、雪村画の一つの特徴。デフォルメされたディテールも見どころの一つです。

常陸国、現在の茨城県で武家の一族に生まれた雪村は、小田原、鎌倉、福島の三春などを転々としながら、80歳代後半まで絵を描きました。当時の文化の中心といえば京都が思い浮かびますが、関東の画壇はどのような状況だったのでしょうか。東京藝術大学大学美術館の岡本明子助教に、お話をお聞きしました。

「たしかに京都は文化の中心地でしたが、鎌倉時代以降、鎌倉の地に禅宗寺院が多数建立されて禅宗文化が花開くなど、関東にも文化の拠点が築かれます。また雪村の時代には、禅宗寺院だけでなく、小田原の北条氏や足利学校といったいくつもの文化の拠点があり、広く関東文化圏のようなものが形成されていました。これは、京都から移入され、密接なつながりを持ちながらも、決して都の文化の亜流ではない独自の文化でした。雪村はその関東文化圏の中で、絵画を学び、描いていたのです」

雪村筆《欠伸布袋・紅白梅図》3幅 各120.5×64.3cm 茨城県立歴史館蔵【展示期間:~5月21日】

そんな雪村の15年ぶりとなる大規模な回顧展「雪村―奇想の誕生―」が、東京・上野の東京藝術大学大学美術館で開催されています(〜 2017年5月21日まで)。同展には、雪村の主要作品が約100件も集結していますが、この数字からもわかるとおり、雪村の作品は、他の同時代の絵師に比べると、かなり多く残っています。

「雪村は長命でしたし、また、そもそも多作の絵師であったという可能性もあり、それが作品の多く残る理由かもしません。雪村は、たしかに独創的な絵を描きましたが、中国絵画の伝統をふまえた正統的な絵師の一人として大名家にも庇護されました。また江戸時代には雪舟の流れをくむ絵師の一人としても大事にされました。さらに、時代を経ても、谷文晁や岡倉天心、狩野芳崖など、雪村作品を大切にしようと目をつけ、守ってくれる人がいた、ということも、作品が多数伝わる理由と考えられます」(岡本さん)

雪村画が大切にされていたことは、同展の尾形光琳のコーナーからもわかります。光琳は雪村の絵を深く敬愛しており、なんと「雪村」と刻まれた印章まで所持していました。かの有名な国宝《紅白梅図屏風》(静岡・MOA美術館蔵)の梅の形や川の形が、雪村の《欠伸布袋・紅白梅図》から着想を得たのではないかとの説も出ています。

水墨画といえば、地味な山水画のイメージであまり興味がわかないという方でも、雪村の奇想天外な絵ならきっと楽しめるはずです。

【今日の展覧会】
特別展『雪村―奇想の誕生―』

■会期/開催中〜2017年 5月21日(日)
■会場/東京藝術大学大学美術館
■住所/東京都台東区上野公園12-8
■電話番号/03・5777・8600(ハローダイヤル)
■開館時間/10:00 ~ 17:00 ※入場は閉館の30分前まで
■休館日/毎週月曜日
■展覧会公式サイト/http://sesson2017.jp

取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』などへの寄稿ほか、『日本美術全集』『超絶技巧!明治工芸の粋』『村上隆のスーパーフラット・コレクション』など展覧会図録や書籍の編集・執筆も担当。

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